弓の性能のこと

 「性能」(せいのう)とは本来持ち合わせている働きを指す。とWikiには載っています。
 では弓の性能とは、何を指すのでしょうか。昔、ヤマハで名器と呼ばれるモデルの開発やテストに携わっていた時期がありました。9年間。今でも機会があれば、いろいろな道具を試すことがあります。もちろん現役の選手です。40数年、現役で選手をやっています。
 自慢に聞こえるでしょうが、だから何なの? と思ってもらってもいいのですが、昔、多くの製品(もちろん製品にならないものの方が多いのですが)をテストし、同様のことを何人かの世界チャンピオン(ジョン・ウイリアムスやリック・マッキニーやダレル・ペイスたちと)とも行ないました。そんな経験でいうと、トップアーチャーであることと優秀なテストシューターであることは、決してイコールではありません。弓が当たるから性能評価ができるとは限らなければ、当たらないから性能は判らないとも限りません。しかし非常に稀にその両方ができるアーチャーがいます。そして幸か不幸か、個人的にその両方のものを持ち合わせているようです。
 余談ですが、なぜ「幸か不幸か」と言ったかというと、アーチェリーのことに関して自分は非常に神経質な人間だと思っています。道具においても技術においてもです。そして、だからこそ世界で2番にまでなれたと思っていますが、だからこそ2番にしかなれなかったとも思っています。弓が上手くなるには、「繊細さ」と「大胆さ」の両方が不可欠です。しかし、あればいいのではなく、有りようが大事です。その意味において好きな言葉は、「天使のように大胆に、悪魔のように繊細に」です。悪魔のように大胆で、天使のように繊細なアーチャーは掃いてすてるほどいっぱいいます。しかし、それでは日本はともかく、世界の頂点には立てません。
 世界チャンピオンでも、弓を判らないやつはいっぱいいます。でも当たります。何を使っても当たるのかもしれません、世界チャンピオンだからでしょう。
 で、話を「性能」に戻します。一般のアーチャーは、そんなテストシューターに試され、トップアーチャーに宣伝された「製品」(モデル)を購入して使うわけです。そこには製品を選ぶことによっての「性能」の選択はあっても、自分に合った製品や性能を作ることはできません。そして判らないアーチャーには、商品の性能を体験することはできても、体感することはできません。
 以前こんな話を書きましたが、自動車に例えるなら買った車の速さや燃費や車重や大きさはカタログを見ればわかります。しかし、それらは性能ではなく単なるデータであり仕様です。ドライバーが体感する現実ではなく参考の数値です。このことは非常に重要です。
 例えば、「矢速」は非常に重要な仕様であり、性能としても不可欠です。しかし同じ矢速であっても、それが安定した飛びの中にあるのか、単に速いだけなのかはまったく違います。それを判断できるアーチャーは、テストシューター同様に限られた才能を必要とします。また、圧倒的な矢速を示す道具であったとしても、それを使いこなすだけの能力や感覚がなければ、結果的に並の点数すら出ません。
 性能を語ることは簡単ではありません。スペック(仕様)を語ることは、モノサシがあれば誰にでもできます。
 1982年ころ、世界初の「オールカーボンリム」のテストをしました。このリムです。何ペアかの試作モデルを射ち比べて、感想や評価を行ないます。(もちろんそんなテストを耐久テストなどと並行して何度も行ないながら、仕様を絞り込んでいきます。) 今でこそ当たり前の「オールカーボン」ですが、それまではカーボンリムとはいっても、グラスファイバーなどが一部に使われていました。それに対し、100%カーボン繊維です。繊維の方向や組み合わせによって違いは出ますが、圧倒的な矢速を与えてくれることは事実です。ところがミスが出やすかったり言葉では説明しにくいのですが、扱いにくいのです。上手く使えば当たるが、上手く使わなければ当たらないわけです。市販するということは、その大部分を素人の評価に任せることになります。製品とするには、非常に難しい判断です。
 扱いにくい、当てにくい原因のひとつに、今のアーチャーは慣れきっているか、感じる能力を持ち合わせていないかはわかりませんが、サイトピンが止めにくいのです。特にエイミングが長くなって震えが出た時などに、それまでのリム以上にピンが止まりません。震えが増幅してピンを揺らします。これなどは測定器では判らない、テストシューターの実射でのみ判明する状況です。
 突き詰めていった結果、本来フックやグリップから伝播する震え(振動)はストリングやリムである程度吸収されるのですが、オールカーボンであることでリムが硬くなり、本来なら減衰する振動がリムで跳ね返されてサイトピンを揺らす結果となっていたのです。
 そうなのです。弓の性能とは測定器やモノサシから得られるデータだけでなく、生身の人間が評価し作り出していくものなのです。それも時代に合ったものでなければ、一般の理解は得られません。
 
 ついでに、Wikiの「性能」のページに、「過剰性能」という言葉も載っていました。
 過剰品質も同義語かと思いますが、例えば「ハンドルが折れる」という現象があります。買ってきた弓がすぐに折れれば、クレームであり文句を言います。しかし、10年使って折れれば、納得も諦めもできます。感謝の言葉さえ出ます。
 では昔、今の高密度ポリエチレンのストリングの前に「ケブラー」ストリングの時代がありました。1975年、ダレル・ペイスはこれを使って一度目の世界チャンピオンになりました。しかし、ケブラーは切れるのです。普通の練習で、1〜2週間で破断します。アーチャーはいつも予備のストリングを何本も持ち、試合前には新しいストリングを使うようにしました。それでも、切れないダクロンストリングより、圧倒的な矢速を与えてくれるケブラーは魔法の道具でした。アルミアローがカーボンアローに変わったように、時代は変化します。今は同様の矢速で切れない高密度ポリエチレンの時代です。
 ハンドルも眼に見えるデータや的中精度の向上があるなら、アーチャーは新しいものへと変化するでしょう。1年に1本のハンドルが折れても、ゴールドと引き換えにその高価なハンドルを買うはずです。しかし、性能が同じで「折れない」という1行が加われば大きな進歩です。しかし、「重くなって」の条件がもう1行付いたらどうでしょう。
 判りやすくいえば、太く(=重く)なって折れないことは一部の改善ではあっても、全体性能の向上ではないのです。重さと耐久性のバランスの中で、時代にあった最適の選択と的中の向上が得られることこそが、品質と性能の進化です。それに、太く重たくして耐久性を上げることは素人でもできます。軽く細く、そして折れないものを作ることこそが優秀な技術屋の仕事です。
 どちらにしても、弓は機械が射つのではありません。人間が使うのです。あなたが機械のようなシュートができるならいいのですが、このことを忘れると高いお金を払って点数を下げる結果になってしまいます。弓の性能は、弓が勝手に発揮するものではありません。あなたが道具としてそれを使いこなせるかが一番大切なのです。

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