弓の性能のことでちょっとちょっと

 技術者として、その道の玄人として、アーチェリーそれもリカーブの世界を知るなら、そしてノウハウと知識があるなら、例えば「黒塗り」のリムは決して作らないはずです。
 ハンティングやコンパウンドならともかく、我々のリカーブボウは炎天下で40℃を越える地面から数10センチの場所に一日置かれます。黒のラブラドールなら10分でダウンです。
 いくら接着技術や品質に絶大の自信を持っていたとしても、この条件下でデザインを優先させ黒を使うことは、無謀であると同時に常識の欠如としかいいようがありません。表はダメでも裏は良いというような問題ではありません。ところがそんな商売最優先の姿勢がスタンダードを失った2002年からは、当たり前のようにまかり通っているのです。それも最上級と呼ばれる製品の中でです。(とはいっても、最新最上級と銘打って売り出された高価なモデルが、翌年にはモデルチェンジや廃番となることも、これまた普通にまかり通っています。)
 
 先日、縁あって京都の現代の名工(卓越技能者表彰)の方とお話しする機会がありました。弟子に教える、育てる話をしました。そこで棟梁いわく、「技術」というのは図面や設計図、あるいは本を読んだりインターネットで見たりの文字になっているもの、文字にできるものだというのです。そんなものは誰が見ても解るし、教えるまでもない。大事なのは素人や初心者が読んで分かる技術ではなく、「技能」こそが必要だというのです。技能とは、職人の世界では読んで学ぶものではなく、見よう見まねで身体で覚えるものであり、教えて貰う以前に盗んでやろうという姿勢がなければなりません。確かに技能とは、その人「匠」「名人」が持つ「技」の世界です。
 そんな話を昨日も学生達に話したのですが、彼らには昨年来「ノウハウ」のことをいろいろと話してきました。ノウハウも技能と同じことです。文字になっていることは、弓を射たない人間でも知っているし、語れるのです。しかし、一番大事なノウハウや技能は、文字と文字の間の行間に隠されています。そんな見えない行間を必死で読む、見る、感じる、盗むことこそが上達への道です。
 では、連想ゲームです。次の言葉を聞いて、「リカーブボウ」「コンパウンドボウ」どちらを思い浮かべますか?
「滑車」「リリーサー」→そう、コンパウンドです。「プランジャー」「クリッカー」→そうリカーブです。では「ベアシャフトチューニング」「ペーパーチューニング」ではどうでしょう? うーん微妙です。が、こんな行間にも、見落としがちな(勘違いしてしまう)大事なものが隠されています。
 ところが近年、知ってか知らずかは別にして、メーカーやショップがリカーブとコンパウンドを混同して語ることをよく見受けます。
 コンパウンドはリカーブより遥に的中精度が高い弓です。そのためアーチャーも、コンパウンドをリカーブの上位モデル、理想形のように錯覚する傾向はあります。しかしコンパウンドは、太古の昔から狩猟の道具として使われてきた「弓」(リカーブ)の延長線上に進化したのではなく、突然変異として1969年に突然現れたのです。弓形こそしていても、似て非なる全く違う道具です。このことは大変重要です。
 リカーブとコンパウンドの最大の違いは、リカーブは矢をリムで飛ばしますが、コンパウンドは滑車で飛ばしているのです。そしてコンパウンドはリリーサーを使って、機械式に発射します。このことはいくらリカーブアーチャーが完全な肉体と完璧な技術を身に付けたとしても、決して越えられない一線です。だからこそ同じ技術、同じ技能で、これらの弓を議論するべきではありません。
 「滑車」「リリーサー」はコンパウンドの道具です。では「プランジャー」と「クリッカー」はリカーブとは分かっていても、なぜコンパウンドで使用しないかを考えたことがありますか。
 クッションプランジャーが発明されたのは、1960年代後半です。しかしそれ以前、大昔から弓と矢と言う道具はずっと存在し、適切な矢の硬さとチューニングが行なわれた場合は、クッションプランジャーがなくとも矢はきれいに飛び、的中していました。
 確かにクッションプランジャーの登場は、与えられた弓と矢の条件の中で、より良いチューニングを可能にしたことは事実です。それにこの後に始まるスタビライザーや弓の進歩は、なおさらクッションプランジャーを近代アーチェリーにおいて不可欠な道具としました。もう少しわかり易くいえば、的中性能向上のために、スタビライザーや弓の安定により、発射(リリース)時の弓はどんどん動きにくいものとなっていきます。するとクッションプランジャーがないと、弓が動かない(逃げない)分、矢がレストに弾かれてしまうのです。クッションプランジャーは、アーチャーズパラドックスのショックアブソーバー的役目を果たす道具となっていきます。
 それに対してコンパウンドは基本的にアーチャーズパラドックスを起こしません。それは矢の蛇行がないこと、すなわちストリングも蛇行しないことを意味します。だからこそ、コンパウンドのリムは幅が広く厚く、頑丈に壊れないことが最優先なのです。形状的にも、一枚の分厚く四角い板です。
 しかしリカーブは違います。リカーブのリムには「しなやかさ」と「腰の強さ」が必要です。なぜなら、リカーブにおいてストリングは、アーチャーの指先によって必ず蛇行するからです。
 ところが、最近のK国のリムの「カンカン」さには辟易とさせられます。まるでコンパウンドのリムのように無理矢理真っ直ぐ返り、ストリングハイトで急停止。ここまでくるとちょっとしたリリースのバラツキまでもが、逃げる余地がないために、矢はレストで弾き返されます。特に素人(とまで行かなくとも、機械でない人間には)はその影響を受けやすく、コンパウンドボウをフィンガーリリースするようなものです。
 ノウハウや技能がないのです。技術で矢速を追いかけるがあまりの無知です。結果、カンカンさは左右の硬さだけでなく、上下の硬さにまでおよび、しなやかさを一層なくしていきます。
 黒いリム同様に、コンパウンドボウのリムを作ることは簡単です。しかし、良いリカーブボウのリムは簡単には作れません。知識もノウハウも機材も設備も、そして情熱が不可欠です。金儲けではない、弓への愛情です。ところが最近、カタログを見ても行間以前に文字で書かれた宣伝文句自体が、黒塗りリム同様に無意味で子供騙しなことだらけです。
     (「ちょっとちょっともうちょっと」に続く)

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