個人的な「感じ」−弓の性能のこと

 オールでもフルでも、サンドイッチでもたい焼きでもいいのですが、「カーボンリム」が目指したもの、そしてリムの性能とは何でしょうか。
 近代アーチェリーにおいて、1976年のカーボンリム登場を含め3つの革命的出来事が起こっています。何が「革命的」かといえば、もちろん世界記録の更新を含めた新しい時代(点数)への突入です。しかしそれは一部のトップ選手にのみ起こったものではなく、結果的にはすべての万人アーチャーの点数をも向上させたのです。このことは裏を返せば、選手の技術や才能以上に、「道具」が成し遂げた革命ということです。「道具」の突然変異的進化によって、それまでは想像の世界だった点数が現実のものとなり、その恩恵をすべてのアーチャーが受けるようになったのです。残る2つはといえば、1975年の「ケブラーストリング」と1989年の「カーボンアロー」の出現です。
 そんな道具がもたらせた性能とは何でしょう。これらに共通するのはそれまでにはなかった新素材による、「矢速の圧倒的向上」です。矢速がアップすれば、滞空時間は短く、弾道は低く、風や雨といった外的影響を受けることは少なくなり、アーチャーの技術を確実に的面に反映できる確率が高まります。そのため同じ道具のもとでは、アーチャーはどんどん強い弓を使う(あるいは長い矢を引く)ことが勝利への道でした。もちろんそれは訓練によって成し得る部分ではありますが、結果的にはリーチの長い体格の上回る選手が資質面あるいは才能として有利になることは事実です。しかしそのためにどんどん高ポンドの弓を使うわけにはいきません。コンパウンドならルール上、上限が60ポンドとされていますが、リカーブではルール上の制約がないとはいえ、使うアーチャーの体格や身体能力に限度があります。ところが新素材の出現は、アーチャーの負担を同じに、あるいは軽減しても矢速を圧倒的に高めることを可能にしたのです。これは非力なあるいは小柄な日本人や韓国人にとっては、特に大きなアドバンテージとなりました。
 では道具の進化や性能が目指すのは「矢速アップ」であり、それこそが弓具の最大の性能でしょうか。この3大革命は、矢速アップの方法をも象徴しています。弓そのものの進化(弓でやるか)か、矢の進化(矢でやるか)か、あるいはそれらの付属品による進化(それ以外でやるか)かということです。
 仮に、そうだとしても(そうだとは思っていませんが)、1989年の「カーボンアロー」による革命は、矢速アップへの貢献度があまりにも大きかったがために、その後のカーボンアローをも含めた弓や道具の進化(矢速アップ)を見え辛い状況に置いたばかりか、その努力を停滞させ、後退すらも隠してしまいました。一言で言えば、どんな低ポンドでもどんな射ち方でも、矢は70mを飛ぶようになってしまったがためにトップもミドルも、そしてメーカーまでもが性能を認識しなくなったのです。
 そしてもうひとつ重要な点は、矢による矢速アップだけが矢の発射後の条件(軽さ)によってなされています。厳密には結果としてのストリングの返りは速くなりますが、弓やストリングによる矢速のアップは直接ストリングの返りを速くするものです。このことは、アーチャーの技能や意識の変革をも求めます。使う側の技術が要求されるのです。ところが、発射後勝手に速く飛んでくれる矢だけは、技術の進歩を求めません。誰でもどんな技術でも、初心者までもが射てばこの恩恵を受けられるのです。このことはなおさらその後の道具の進化のみならず、多くのアーチャーの努力を怠惰なものにしてしまいました。
 2002年2月1日からちょうど10年。ヤマハがアーチェリーを作っていたことすら知らないアーチャーがほとんどになりました。そしてもちろん日本のメーカーがなくなった意味を知ることもないでしょう。ではもし今、トヨタや日産をはじめ国産の自動車メーカーがすべてなくなったとしたらどうでしょう。仕方なしにアメリカやヨーロッパ、そして韓国の車を買うでしょう。では現在の日本で、中国や韓国の車を高いお金を払って、ありがたがって購入しますか?
 1972年、ケブラーストリングが世界を席巻する3年前。ヤマハはこの最新素材を世界で誰も気付いていない時に、何よりも早くアーチェリーのストリングとして使うことを考案しました。そしてこの年のミュンヘンオリンピック日本代表選手の合宿に持ち込んだのです。ところがです。当時の最高水準の選手たちの評価と反応は、サイトが緩む、クリッカーが動く、そして返りが速すぎて射ちにくいといったものでした。結局ヤマハの企業力も情熱もここで封印されることになりました。そして3年後、アメリカチームは突然インターラーケン世界選手権でケブラーストリングを使い、世界記録と共にメダルをさらっていったのです。
 この笑い話の教訓は2つあります。ひとつは、矢速は速すぎてはアーチャーの技術がついていかない。何事も2歩3歩先を行き過ぎると理解されず、半歩先を行くぐらいがちょうど良いということ。そしてもうひとつは、アメリカでも韓国でも現在のようにいくら金が動く時代になったとしても、革命的なアドバンテージを自国の選手より先に他国の選手には享受してはくれないということです。試作品やプロトタイプのテストは、金を取って他国の選手に先に試させてもです。
 そんな教訓を踏まえて、矢速アップの3つの方法論の中で、現状で今後最もそれを成し得ると思われるのは、実はリム自身による一層の矢速向上でしょう。矢もストリングも、もう十分に軽くなりすぎました。ではリムでどうやって矢速を上げる(反発力を高める)のかですが、実はカーボンに代わる新しい素材が登場しなかったとしても、矢速アップはそんなに難しくはないのです。某社がやるように知らない間にストリングハイトを下げたり、リムを短くしたりといった小細工を弄せずとも、結構簡単にできます。
 例えば、CFRPはカーボン繊維をプラスチックで固めたものですが、カーボン繊維の質においても生産量においても日本が世界でダントツであり、最高水準の性能を誇っています。あとはヨーロッパとアメリカが少々です。昔ヤマハがしていたように、日本のメーカーが日本の最新技術をもってすれば矢速の速いリムを作ることは、そんなに難しいことではありません。繊維の量を増やしたり、より高性能な繊維を使えば、矢速は単純にアップします。それをリム用に最初から設計するなら、なおさらのことです。
 ただし、リカーブボウはコンパウンドほどに単純ではありません。なぜなら、コンパウンドボウが単純に矢速を誇れる理由は、機械式発射(リリーサー)が前提となるからであって、そこにはアーチャーズパラドックスと呼ばれる矢の蛇行(その前にはストリングの蛇行)がありません。機械が「機械」を射つのです。
 それに対してリカーブボウでは、リリースだけでなくすべての動作が人間の動きや筋肉が支えとなっています。このことは非常に重要です。あくまで弓は、人間が射ち、人間が使う「道具」なのです。弓単体で的中性能を発揮するものではありません。そこには相性もあれば、使い易さや扱い易さ、歯車でいえば「あそび」のような余裕も必要です。これらは数値やグラフや値段やブランドだけでは表せない、個人的な「感じ」の部分であり、矢速もその中に含まれるのです。もちろんそれが速すぎれば、理解されないか技術的に受け入れられません。
 ところで先に3つの革命と書きましたが、点数を向上させた道具はそれだけでしょうか。実はこれ以外にも、突然の革命ではないにしても、時間を掛けながらも確実に点数向上に貢献した道具はいくつもあります。クリッカーの発明はもちろんですが、クッションプランジャーやエクステンションサイトの普及やスタビライザーの多様化などもそうです。
 そう考えると、リムに限らず我々の使う道具の「性能」には、もうひとつの側面があります。「矢速向上」のような派手さはありませんが、それを支え使いこなせる道具とするための「精度の向上」や「使い勝手の良さ」といった性能です。スタビライザーによって弓が止まったり、震えが消えたり、エクステンションによって狙いやすくなったり、より精確になったり、プランジャーによって矢が真っ直ぐ飛ぶようになったりというようなことです。これらは点数としては小さなものですが、アーチャーの技術向上と同様に見逃せない進歩であると同時に、半歩先の矢速向上をも可能なものとしてくれます。
 今回「HEX5W」を気に入った理由は、矢速の速さだけでないことは述べてきました。ところが、リカーブボウも最近はコンパウンドボウ同様に、データのみを追いかけ、人間の感性や感覚に依存するしなやかさやおとなしさ、静かさや腰があるといった部分が置き去りにされつつあります。しかしこれこそが、矢速や重さといった数値やデータだけでは表せない、それでいながら的中性能に最も必要不可欠な要素なのです。個人的な「感じ」の部分です。
 このリムは、奥のしなやかさや適度な緊張感、扱いやすさや射ちやすさ、静さを十分に兼ね備えています。しかしそんな個人的な「感じ」をデータや文字で伝えることはできません。野球でもサッカーでもいいのですが、例えば「重い球」や「粘りのある球」「安定した飛び」を言葉のイメージでは伝えられても、実際に球を目の前にしないと分からないのと同じことです。だからこれ以外にも、言葉にもならない評価はいっぱいあります。そこで最後に、主観的にも客観的にも比較的確認しやすい「感じ」の中の「性能」をひとつ話します。
 あなたのエイミング中の「震え」はどこへ行きましたか? 
 こんなことは考えたことがないでしょうし、矢飛びに無関係な質問がリムの性能に関係するとは、ほとんどのアーチャーは考えてもいません。
 人間(筋肉)が弓を支える以上、よほどの訓練と瞬時にクリッカーが鳴らない限り、震えは起こります。ましてや試合などでの極度のプレッシャーの中では当然のことです。そんな震えを解消するのが、スタビライザーだというのかもしれません。ところが最近のスタビライザーはデザイン(模様)を誇るだけで、振動吸収に重きを置かなくなりました。また、ダンパーといった振動吸収装置も使わなくなりました。使っているダンパーは、ほとんどが弓の発射時に効果を発揮する(うるさい弓を静かにさせる)タイプのものです。それが必要な弓が増えていることは、十分に理解しています。しかしこの性能が語られないがために、フォーム素材やカーボンだけで軽さや速さだけを追い求めるだけの最新のリムを使うと、機械のような世界チャンピオンならともかく、それ以外の凡人アーチャーの腕の震えはカンカンの合成樹脂に跳ね返され、場合によっては増幅しサイトピンを揺らすのです。
 初心者が使うダクロンストリングやグラスリムの方が、サイトピンを止めやすく狙いやすいでしょう。それはリムやストリングが余分な振動を吸収発散してくれるからです。だからこそそんな重要な役目をリムが担へば、矢速以上に的中に影響を及ぼす「性能」です。木芯が良いと言っているのではありません。高価なブランド品を使うことが性能を買うことではありません。1+1が2になればいいのですが、1にもならずマイナスになることすらあるのがアーチェリーです。重要な性能が、スピードや軽さ以外にもたくさんあることを理解して欲しいのです。
 ところで先日、「X10」のことを聞かれました。X10を使うチャンピオンを何人も知っています。しかしその何十倍ものX10を使って試合中に地面を射つアーチャーも知っています。ところが誰も、地面を射つアーチャーを広告に使いもしなければ、そんな多くのアーチャーがいることは考えない(知らせたくない)のです。とはいっても、彼らは世界チャンピオンに成れるとも、成ろうとも考えていません。それなら多くのアーチャーにとっては、地面を射っても曲がらない矢の方がよほど性能的には優れていると思うのですが、、、、どうですか。個人的な感じですが。 (とりあえず、一旦おわりましょうか。)

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