たい焼き製法(リムの作り方 その2)

 昔、スキー板やテニスラケットといった多くのスポーツ用品は、「サンドイッチ製法」で作られていました。しかし、現在では多くの製品が「たい焼き製法」で作られるようになり、アーチェリーの世界においてもヤマハが世界で初めてこの製法でリムを作りました。この製法は1987年にヤマハが発表したカーボンハンドルの時にすでに考えられていました。
 この「たい焼き製法」も素材に圧力と熱を掛けて成形するのですが、「サンドイッチ製法」と大きく異なるのはリムの形をした「金型」があることです。そのため出来あがったリムはこの金型とまったく同じ形に成形されます。そのため生産性も良く、品質も安定しているだけでなく、リム自体の設計の自由度が大幅に向上します。例えば「パワーリカーブ」と呼ばれるチップ部分の弦溝を、これまでのサンドイッチ製法では不可能だった深さにまで彫る(?)ことができたのもこの製法のお陰なのです。

 では、どうしてヤマハ以外のメーカーもこの製法に追随しないのか? まず、ヤマハがこの製法を実現できた背景には、ゴルフ、テニス、そしてスキーのノウハウがあったからです。特に「コンポジット」(合成・複合)と呼ばれるこの分野は、ヤマハの専門ともいえる技術です。EASTON社がアルミニュームメーカーであるがゆえに、アルミコアのカーボンアローにこだわるのと同じことです。
 そしてもうひとつの大きな理由は、設備投資(お金)です。金型ひとつを作るにも数百万円単位で掛かる費用が、設備全体であれば千万円単位になります。いくらアーチェリーで名の知れた海外のメーカーであっても、その実情から考えればこの製法に移行するのは難しいことです。
 この製法のもっとも特徴的なことは、たい焼きを作るように型に柔らかい具を入れていけることです。サンドイッチ製法では成形済みの完全硬化したFRPなどの板が使われますが、たい焼き製法では「プリプレグ」と呼ばれる硬化していない複合中間材料が使用されます。プリプレグはまだプラスチック(エポキシ樹脂)が固まっていないため、ちょうどたい焼きの型にアンを入れるように部分的であったり、厚さが異なるものであっても自由に組み合わせることが可能なのです。(高温をかけることで、はじめて完全硬化します。)そのため斜めに繊維を通したい時でもクロス(編んだ)繊維を使わずロービング繊維を自由に斜めに重ね合わせて成形することもできるのです。(ちなみにパワーリカーブにも木芯は使用されています。) ヤマハはこの材料自体をすべて自社生産できるので、設計の自由度と精度においてヤマハのたい焼き製法はサンドイッチ製法より遥かに優れています。(パワーリカーブはひとつの可能性を示したにすぎません。)
 このように出来あがったリムはたい焼きと同じように、型から出した時には樹脂がはみ出した状態です。後はバリを取って仕上げていくわけですが、その段階で「ペア組み」という重要な工程があります。
 リムには「ティラーハイト」と呼ばれる上下リムにおける強さの差があるのですが、そのうえで上下の形状が同じ(揃っている)である必要があります。おかしく思われるかもしれませんが、たい焼き製法ならほとんどこの問題はないのですが、特にサンドイッチ製法においては同じように素材を組み合わせて、同じ木型でプレスしても、出来あがったリムは形状が微妙に異なるのです。これをそのままにするとポンドやティラーハイトが測定上は規格内であっても、実際の使用時において性能上の問題が起こることがあります。
 そのため出来あがったリムは仮のポンド測定を行った後で、出来あがりの強さを予測しながらリカーブ部分の反り方や全体の形状が同じリムをセットにして作業を進めます。このときティラーハイトも考えてリムの上下(上リムに使用するか、下リムに使用するか。)も一応決められます。これがペア組みと呼ばれる作業で、完成時の強さや上下の強さ差を予測することも含めて、このあたりの作業も職人技です。
 このようにして最終的に出来あがったペアのリムに対して、上下同じ製造番号が与えられ、リムの長さや強さも決定します。
 ポンド数(弓の強さ)は塗装前や最初に金型から取り出し一応リムの形になった段階などでも特別な機械を使って何度か計られます。そして最終段階ではマスターハンドルにセットし測定され、各メーカーのそのモデルの基準によって決定します。
 最後は塗装をして、金属部品を取り付ければ出来あがりです。しかし塗装はモデルによって工程や回数が異なります。下塗りや上塗りといったいくつかの工程をこなす中でロゴマークの印刷や製造番号の刻印、リムの長さや強さの書き込みが行われます。
 完成後にはマスターハンドルによるネジレやティラーハイトの点検、その他の検査が一本一本行われて出荷の準備が整うわけです。

 ところで、皆さんは弓の性能を分かりますか? 射ってみて、違いが分かりますか?
 残念なことに経験を積んだり、高得点を出せるからといってその性能を実感できるとは限りません。そこには当てることとは別の素質が必要です。では、そんな素質を持ち合わせないアーチャーはどうすればいいかといえば、やはり実績や多くの情報、あるいは試行錯誤から判断して自分に合った弓を選ぶしかありません。しかし、正直なことを言えば、カーボンアローが登場してからは昔ほどに弓の性能を云々しなくなったのも事実です。矢が飛んでくれるために、弓を考えることが少なくなったのです。
 とはいえ、弓には性能も個性もあります。当たる弓もあれば、当たらない弓もあるし、使い易い弓も、扱い難い弓もあります。自分で弓を作ることができないからこそ、ちょっと考えてみましょう。自分にとっての最善、最良のパートナーのことを。

 2002年2月1日、ヤマハがアーチェリー部門からの撤退を発表。9月末、撤退。ヤマハがスキーから撤退した時も、テニスから撤退した時も知っています。そしてそこで働いていた人間として、企業の論理もヤマハのやり方もよく知っています。だからこそ誰を恨むのでもありません。だからこそ、ひとつだけヤマハを許せないことがあります。それは日本のアーチェリーの原点を語り、Citation と川上杯でアーチェリーの夢を目指し、それらを製品とアーチャーに還元し牽引してきたヤマハが、「UDガラスプリプレグ」「中芯幅削り器」「真空パック」「プレス機」「金型」を売り渡したことです。事情はわかります。しかし川上源一氏がもっとも嫌った相手に。それはライバルや目標とする相手ではありません。もっとも節操のない相手に、我々が築いてきたものを節操なく売り渡したことが許せないのです。そこに「誇り」と「哲学」もあわせて売ったのか、とっくになくしてしまったから撤退があったのか。
 だから言います。「たい焼き製法」は完成していません。そしてたぶん節操のない企業に完成させることはできないでしょう。それはこの製法が「サンドイッチ製法」を越える可能性と同時に、元々越えられない運命を持つ製法だからかもしれません。例えば重さ。例えば硬さ。最後のパワーリカーブが克服するには時間がなかったこれらの問題を解決することは、ヤマハでなければ不可能であり、ヤマハに完成させて欲しかった技術でした。

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