有弓休暇(2)

 世の中にはたくさんの嘘があります。そんな嘘を平気でつく人もたくさんいます。
 しかしそれはさておき、今なぜか世の中は「NCハンドル」です。「なぜか」の理由は単純です。簡単に形状の変更ができてリスクが少ない、それだけの理由です。性能を求めてのアーチャーの望みの実現ではなく、製法の結果なのです。メーカーの都合だけなのです。
 何に比べてリスクが少ないかといえば、NCハンドルが使われだすまでの主流であったダイキャスト製の金型ハンドルに比べてです。製法については作り方のページ等を見てもらえばいいのですが、重量、強度、振動吸収などどの部分をとってもNCがダイキャストを超えるとは考えられません。もしNCが優れるとするなら、それはダイキャスト製法が量産向きであるというメリットの裏返しにしかすぎません。それほどアーチェリーがマイナーになり、ハンドル生産数量が伸び悩んだ結果、NC製法が台頭してきたのです。
 リカーブボウにおいてNC製法は最初論外でした。アルミ素材はマグネシュームよりはるかに重く、強度もずば抜けて強いわけでもありません。それ以上に一本一本機械に掛けて削り出すやり方ではコストと時間が掛かり過ぎます。ダイキャストは金型に1千万円単位で投資が必要です。出来上がった金型を修正するのは大変であり、短時間で行える作業でもありません。数量が少なければ必然的に商品のライフサイクルも伸びてしまいます。しかし高品質のまったく同じものを量産するにはダイキャスト製法が一番であり、数量が多ければ多いほど低コストを実現できます。
 ところが1990年代になり、リカーブ全体の数量が頭打ちになったのです。そこで登場したのがコンパウンドボウ生産に使われていたNC製法です。コンパウンドを見れば分かります、数量以前に多品種多モデル、同じハンドルの方が少ないのです。これこそNC製法向きのマーケットです。数千万円のNCマシンであっても、小回りを考えれば投資回収は現実的です。コンパウンドアーチャーはリカーブのように軽いハンドルや性能ではなく、強くて頑丈なハンドルを求めます。それに何よりもコンパウンドの方がリカーブよりはるかに大きなマーケットなのです。そうなればリカーブの意向を無視してのコンパウンドの技術注入は当然過ぎるほど当然の結果です。パソコンデータを修正するだけで形状が変わるなら、コンパウンドのデータを基にリカーブのハンドルを作ることは簡単です。コンパウンドのついでにリカーブは作られ、リカーブ専門メーカーすらもその安易さとリスク回避、高収入に追随したのです。
 
 ヤマハアーチェリー43年の歴史の中で、ベストワンの弓は「EX」と言いました。ではワーストワンは何でしょうか。
 これも迷わず答えられます。「Forged2」と呼ばれる、ヤマハ最後のテイクダウンハンドルです。これほど品質的に問題のあるハンドルはありませんでした。しかしそれ以上に最悪なことは、このモデルがヤマハが40年以上一貫して貫いてきた思想、そして川上源一氏の夢と教えを最初にして最後に裏切ったことです。だからヤマハがなくなったのであり、撤退の2002年を前にした世紀末の段階ですでにヤマハはこんなモデルを出さなければならないくらいに行き詰っていたのです。
 ForgedをモデルチェンジしForged2を世に出そうと考えた時、すでにノウハウを持つ研究スタッフもいなければ研究課そのものが消滅していました。ゴルフ作りのノウハウをアーチェリーに生かせるはずもなく、Forgedで一番応力集中に弱いクリッカー穴部分を塞ぐことが精一杯のノウハウだったのでしょう。
 もしヤマハにアーチェリーへの想い、情熱と夢が残っていたなら、こんなに重いハンドルは決して作らなかったはずです。Forgedで1.1kgを誇ったヤマハがです。

←(SR、ショートハンドルで1.3kgですよ!)

 太くして(重くして)強度を上げることなど子どもでも考えつくことであり、誰でもできることです。ヤマハがずっと目指し実現してきたのは、日本人のために「軽く」て強い高性能、高品質の提供です。それこそが夢の実現であり、研究者の目指す理想のひとつです。しかし最後にそれを捨てたのです。

 なぜこんなことを書くのか。当然、ヤマハがなくなって数年経ったからもあります。しかしそれと併行して、ヤマハの裏切りと同じようなことが平気で行われるようになったからです。あまりにも陳腐な嘘やノウハウのない製品が、さも高級品であるかのように高額で販売されるようになってきたのです。その結果は、ヤマハをあそこまで追いやった以上にひどい状況です。競技人口然り、競技成績然りです。確かに電通も博報堂も真っ青な企画モノはありました。しかしそれが本物になるかは、その後の我々の対応に掛かっているのです。突然落ちてきたボタモチを口に入れられなければ、後は汚れて散らかるだけです。
 
 そこで知る人ぞ知る、Forged余話。
 1992年バルセロナオリンピック、フランスのセバスチャン・フルートがヤマハEollaを使用して金メダルを獲得します。
 ところが彼はサウスポーアーチャーです。Eollaに左用ハンドルはあっても、この後登場したForgedに左用はありません。Forgedはその名のとおりの鍛造ハンドルです。ただし鍛造とはいえ、それは元の素材を叩き出して強度を上げたアルミの塊をNC加工するものです。NCだけなら左用は簡単なのですが、最初のプレス型にこれもダイキャストの金型同様多大なコストが掛かります。そこでヤマハは左用を断念します。
 にもかかわらず、フルートはこの後もヤマハForgedを使い続けています。その秘密は名前はフォージドでも、中身はNC。鍛造ではない普通のNC製法のアルミハンドルなのです。NC加工で外観が同じ試作を依頼された業者はとんでもない金額になると最初は断ったくらいに、Forgedの曲面を多用した形状を削り出すのは大変な作業でした。しかし出来あがったハンドルは、鍛造が前提の強度設計。結局彼に提供された時価の手作りハンドルは、1本だけでは到底足りませんでした。
 世界チャンピオンやゴールドメダリストが、カタログに載っている商品と同じものを使っていると考えるのは大きな間違いです。そして高いお金を払ったからといって、彼らと同じものが手に入ると思うのも大きな勘違いです。すでに彼らは広告塔であり、性能や品質で道具を選んでいるのではありません。
 ユーザーと市場が商品を生み出すものであり、メーカーやショップが自分の利益のためにアーチャーをコントロールするものではありません。そんな結果が、ヤマハの撤退であり、今の日本のアーチェリーなのです。
 今はなきForged2を見て、同じ過ちは避けませんか。振り込め詐欺ではないのですから、いいかげん騙されるのはやめましょう。

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