間違いだらけの弓具選び と My Favorite,because

ただの板切れ


1969年は、「クリッカーの年」といえるでしょうか。アメリカバレーフォージの世界選手権でハーディー・ワードが優勝した年であり、レイ・ロジャースの世界記録がジョン・ウィリアムスに破られた年です。そしてレイ・ロジャースこそが、1967年世界選手権を「ノークリッカー」で制覇した最後のチャンピオンなのです。
http://www.a-rchery.com/graffiti.htm
http://www.a-rchery.com/clicker5.htm
もし仮に「早気」(はやけ)を経験したことがないというめずらしいアーチャーであっても、クリッカーの偉大さは知っているはずです。今、あなたはノークリッカーで何点出ますか? 何本まともに射てますか? こんな大発明を誰がしたのかは知りませんが、ともかくは1960年代最後にアメリカで登場したのは事実です。しかしクリッカーは、アーチャーにとって当たり前すぎて、「ケブラーストリング」や「カーボンアロー」の得点への貢献の前で影を失っています。そしてその理由のもう1つに、クリッカーがただの板切れにすぎないということがあります。デュポンが開発したのでも、イーストンやヤマハが拡めたのでもありません。必要は発明の母にすぎなかったのです。
最初日本でもクリッカーが商品として入ってくるまで、革新的なアーチャーは海外からの雑誌や情報をもとに、プラスチック定規や糸鋸の刃などをウインドゥに貼り付けていたものです。なんらそこには、革新的な素材も技術も性能も存在しないのです。ただ同じ長さをアーチャーに知らせてくれる、板があればいいだけなのです。
クリッカーは、「ただの板切れ」。そんな道具にアーチャーが使われているだけのことです。
2007年12月08日(土) No.13 (クリッカー)

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