Chapter  9  Follow Through (フォロースルー)

 チャンピオンはリリースではなく、フォロースルーでシュートしているのを知っていますか。ダレルは人指し指で耳の後ろを指します。マッキニーは指先で肩を触り、ウィリアムスは頭の後ろで手を握ります。このように必ずチャンピオンはフルドローと同じように、フォロースルーで自分だけのスタイル(形)をもっています。それも引き手の指先を空間に残すのではなく、どこかに触れた形です。
 多くのアーチャーはリリースした瞬間、矢と一緒に心(意識)をターゲットに飛ばしてしまいます。だから、シューティングラインの上には何も残りません。ターゲット上での結果をターゲットの上で考えてしまうのです。しかし、スコアとは自分が行ったシューティングライン上での結果にすぎないのです。
 例えばボーリングという競技があります。ご存知のように、約18m(20ヤード)先にある10本のピンをボールを転がして倒す競技です。この18mという長さは、アーチェリーのインドア競技と同じ距離なのですが、ボーリングでパーフェクトを記録する選手はピンではなく、たった4mほど先のレーン上にある「スパット」と呼ばれる印を目標にボールを投げ、結果として18m先のピンを倒すのです。実はアーチェリーも同じことなのです。いくつものスパットがもトップアーチャーの周りの空間には存在しています。それを目印に身体を動かし置くことで、彼らは18m先あるいは90m先の的上で結果を出しているのです。
 ただし、そのスパットはボーリングのように身体より遠く離れた場所にあるのではありません。押し手であれば、平面の中でグリップから1〜2cmターゲット方向に行ったところ。引き手であれば、耳の下にあるわけです。このスパットにグリップと引き手の人差し指を、それぞれリリースと同時に置いてやればいいのです。ところが、ほとんどのアーチャーはアンカーポイントにあるスパットをシューティングにおける最も重要なポイントと勘違いしています。だからミスを犯した時、フォロースルーが残せないのです。
 「点」をうまくパーフェクトで処理しようとするのは難しいことです。ましてやその点がひとつなら、チャンスは一度しかありません。しかし、シューティングを一本の「線」と考えればどうでしょう。点はその線の中で流れて消えていきます。例えばリリースでミスした時、点で考えるアーチャーは、その瞬間すべてが終わってしまいます。その結果、フォロースルーはなく、押し手を動かし、リリースを開き、矢の的中場所に心を飛ばします。それに対し、線で考えるアーチャーは、たとえミスをしても線を引こうとする意識は残ります。そして、フォロースルーという目標(スパット)に向かって、そこに身体の各部を動かします。仮に動いた押し手、開いたリリースであっても、自分のフォロースルーがあれば、そのミスの幅は最小限に食い止められ、さらにそれによって意識(心)がシューティングライン上に残ります。そこで再度、残った意識で押し手の位置、引き手の位置、身体の位置を確認し、次のグッドシュートをイメージするのです。チャンピオンがフォロースルーを自分の理想の形で残し、そして残せる理由はここにあります。

1984年、ラスベガスシュート。2日目に0点を射ち、初めて入賞を逃す。

 

 

1983年、ラスベガスシュート。人差し指で頭の後ろを指す。これがダレルのフォロースルーであり、そのチェックポイントである。彼は指先をその位置に置くことで、理想のリリースとその瞬間を導き出している(2年間の欠場の後、7度目の優勝を目指したが惜しくも2位に終わる)。
リリース時の筋放電休止の出現
 実は「セットアップ」のチャプターで紹介した北海道大学でマッキニーと行った測定の主目的は、アーチェリー以外のスポーツ競技でも確認されている「サイレントピリオド」(休止期)と呼ばれる現象について研究するものでした。この現象は筋が一定の活動を維持している状態から、ある動作へ急激に変化する直前にある潜時と持続時間で筋放電振幅が著しく減じたり消滅するというものです。そこで、まずその測定結果を紹介しましょう。以下はその時の結果報告から引用したものです。
高度に熟練した亀井のシューティングでは、セットアップ時に押し手三角筋の放電が大きく、同側の上腕三頭筋の活動も亢進しており、押し手の外転後の水平位での保持が定常的になされている。ドローイング時では両側三角筋の活動が著しく、しかも定常的な放電が認められるのが特徴的である。リリース後では1.50sec.で、ほとんどの筋の活動レベルが急激に低下し、この時間はすべての試行でほぼ一定であった。さらに注目すべき点として、両側の三角筋でリリース直前から約0.03sec.間持続して、放電振幅に顕著な減少あるいは消失が認められることである。
米国のトップアーチャー マッキニーについてみると、亀井と同様、セットアップからドローイングへと両側三角筋の放電が強く、しかも一定水準の張力を維持しており、右上腕二頭筋の活動は低下している。ドローイング時は亀井と異なり、僧帽筋の活動が大きい。また、僧帽筋・三角筋でリリース後、1.71sec.持続していた放電が一過性に減少し、亀井同様に試行間でほぼ一定であった。さらに、リリース前に押し手僧帽筋、両側三角筋でサイレントピリオドの出現が認められる。その際、両側の尺側手根屈筋と総指伸筋に同時に放電がみられた。このサイレントピリオドは記録紙速度を大にした他の試行において、さらに明瞭に観察された持続時間は0.03〜0.05sec.であった。
 そしてこの結果をふまえた考察として報告は次のように述べています。
1979年、ベルリン世界選手権(70m)。2人のスタンスの違いがわかる。そしてマッキニーのスタンスから、彼が決してこの大会が絶好調でなかったことも想像できる。

 

 

 

(前略)
本研究では、脳神経支配の僧帽筋と脊椎神経支配の三角筋という、互いに拮抗筋と考えにくい両筋が、動作前に同時期に興奮と抑制がそれぞれなされたことになる。これらのことから、シューティング動作において、弓と弦を引き分け、一定の筋緊張を保持した静的姿勢から、クリッカーを落とし、リリースに至る動的な過程において、合理的なプログラムが末梢神経系より上位のレベルで介在するものと考えられよう。また、この機構はトレーニングにより形成されたと言えよう。
リリース反応時間については、上級者で175msec.(平均値)付近に集中することから、至適なリリースの時点が存在するものと考えられよう。この反応時間は単純反応時間ではなく、クリッカーを意識的に落とすことによって生じる音や弓を通じての振動に反応するわけである。よって、落とすタイミング、つまり矢の引き尺は、筋・関節における感覚器から経験的に予知でき、本研究での反応動作は、一種の予測反応動作であると考えられる。

 

 

 

ここまでスタンスをオープンにすると、当然フォロースルーでは引き手のひじが落ちる。そこでマッキニーはそれをチェックポイントそして、必ずフォロースルーでは指先で肩を触るようにしている。

 

 

長すぎるフォロースルーに悪影響はない
 リリースとは、真っ直ぐに張られた糸がアンカーポイントの位置から切れることだと言いました。そこで、アーチェリーにおける「サイレントピリオド」という現象を簡単にいうと、クリッカーの音とその後に糸が切れるリリースの動作が始まるまでのほんの短い間に、その糸を張っている筋緊張に「休止期」が発生するというものです。
 このサイレントピリオドがリリース動作前に出現するその潜時(クリッカーが落ちてサイレントピリオドが始まるまでの時間)の平均値115msec.を、上級者のリリース反応時間から引くと、クリッカーが落ちてリリースが開始されるまでに約0.06秒の筋放電の休止期が存在することになります。これは上級者全員に認められたのに対し、同時に行われた初心者および中級者の測定ではその出現率は低く、リリースの反応時間も190〜230msec.と長くかつ分散したものでした。これらの反応がなぜ起こり、何を意味するかは残念なことに現時点ではまだ解明されていないため、今後の研究に待たなければなりません。しかし、今判明しているのはサイレントピリオドはアーチャーが望んで作り出しているものというより、「長期のトレーニングによる巧緻性獲得過程にみるひとつの合理的な神経筋機構」であるということです。
 そこで、このサイレントピリオドを「リラックス」という状態に置き換えてみるとどうでしょう。例えばドローレングス26インチで、ポリエチレンストリングにカーボンアローを使う場合、ストリングの復元時間(ストリングがアンカーポイントからストリングハイト位置まで戻るのに要する時間)は0.013秒です。当然この間、矢はまだストリングにつがえられていて、身体と弓の影響を受ける状況下にあります。つまり、リリース反応時間が0.17秒という上級者であっても、フックがアゴの下にある間に矢はすでに発射されているわけです。
 しかしだからといって、フォロースルーが不必要だということにはなりません。トップアーチャーは、この0.06秒のリラックスを獲得するために1.71秒のフォロースルー(ほとんどの筋肉が弛緩するまでの時間)をとっています。しかも、この1.71秒はあくまで身体内で起こっている客観的事実であり、実際にマッキニーも僕も3秒を越えるフォロースルーを維持しています。これだけのフォロースルーを残すことで、初めて合理的かつ理想的な運動プログラムが神経系に形成されるのです。もしフォロースルーをとらずにシューティングを繰り返せば、アーチャーの主観的事実に反して、クリッカーの音と同時に筋肉が弛緩するという条件反射を身体に組み込む結果になり、それは的中精度を大きく低下させる原因になります。そしていつまでたってもリラックスを獲得することはできません。
 では、フォロースルーはどのように、そしてどれくらいの時間を残せばいいのでしょう。フォロースルーは日本語では「残身」あるいは、場合によっては「残心」と書きます。これからも分かるように、身体と精神の両面で維持することが重要です。そこで時間的には、長すぎるフォロースルーというものはない、と考えるべきです。つまり、アーチェリーのレベルに関係なく、長いフォロースルーが悪影響を及ぼすことはないのです。たしかに不要に長いフォロースルーが弓と腕の保持のために筋肉に疲労を強いります。しかしこのことは逆に考えれば、シューティング中にアイソメトリクス(静的)トレーニングを実施していることにもなり、それが試合中であっても、イメージなど精神面に与える多大のメリットを考えれば、マイナス面よりプラス面の方がはるかに大きいといえるでしょう。

1979年、ベルリン世界選手権(70m)。
 

 繰り返しますが、フォロースルーは自分の身体を「理想とする形」で「意識をシューティングライン上に置いて」残すのです。単にシュートした後の形をそのまま残せばいいのではありません。そうして残った形を確認した後で、理想の位置つまり決められたスパットへ身体の各部を移動してやるのです。そこで再確認されて初めて、フォロースルーが終了します。
 それができれば、意識はターゲットに飛ばず、シューティングライン上の自分の中に残ります。その残った意識で、理想のシューティングフォームと、さらには矢が10点に吸い込まれていくことを絵と音でイメージするのです。

1979年、ベルリン世界選手権(90m)。長すぎるフォロースルーが悪影響を及ぼすことは、決してない。どんな時でも、フォロースルーを自分の理想とする「形」で残し、すべてのシューティングは終了する。もしフォロースルーのないシューティングを行えば、例えそれが矢の発射された後であっても、身体はクリッカーの音と同時に弛緩するようになってしまう。

すべての無意識は意識から始まる
 前述の報告の最後に「予測反応」という言葉が出てきますが、これはあくまで無意識の中での受動的予測です。例えばクリッカーの音によって自動的に身体が反応するようなものであって、アーチャーがクリッカーの音を最終目標に数を数えながらクリッカーを鳴らしたり、1−2−3でシュートするといった能動的な予測行為ではありません。
 では受動的に予測されている状態の中で普段より早くクリッカーが落ちたり、逆に長くなった時はどうなるのでしょう。現にダレルにしても、世界記録が出る時はいつも同じエイミング時間かというと決してそうではありません。144射の中には、長い時もあれば短い時もあります。しかし、それでもほとんどの矢をゴールドに持っていけるなは、やはり「平面の中の力」が関係しています。平面でフルドローを作りその中でエイミングすると、サイトピンとゴールドは、リリースそしてフォロースルーに至るまで、必ず「一本の直線」で結ばれています。それができれば、多少のエイミング時間のズレは許容できるのです。
 例えば平面の中の力ではなく、平面から外に向かっての力(押し手を左の方へ拡げていくような力)でクリッカーを鳴らそうとするアーチャーを考えると分かりやすいでしょう。その時、サイトピンとゴールドは線ではなく「点」でしか結ばれません。そうするとアーチャーは、サイトピントゴールドが重なり合う点の瞬間に、クリッカーを鳴らす動作を合わさなければならないのです。これはトップアーチャーにおいても至難の技です。それに対して、サイトピンとゴールドが線で結ばれている場合、アーチャーはその線(平面)に沿ってフォロースローのスパットに向けて、大きく思い切って身体を動かしてやれば、クリッカーが鳴るタイミングやそれに掛かる時間とは無関係に矢は自然に必ず、ゴールドに向かって発射されます。
 このようにフルドローで最後の積み木が置かれてからは、「意識の中の無意識」「無意識の中の意識」といった状態がフォロースルーに至るまで続きます。これは「動作の自動化」とも関連しますが、アーチャーにとっては非常に重要な感覚です。

1979年、ベルリン世界選手権(70m)。すべての力を平面の中に置き、サイトピンとゴールドはいつも1本の「線」でつながれている。リリース同様に、決してエイミングを「点」で考えてはいけない。

 この感覚を説明するのに、同じようなメカニズムを持つ「プレッシャー」について考えてみましょう。プレッシャーとは簡単にいえば、与えられた条件刺激が生体内に一連の生理的変化を呼び起こし、それによって「興奮過程」と「抑制過程」との相互に乱れが発生する現象です。例えばその条件刺激として、試合前のプレッシャーを考えて見ましょう。そのプレッシャーは大別して3種類あります。まず最も一般的な 「興奮過程>抑制過程」の場合、アーチャーは運動的興奮に駆られ落ち着きなくなり、ソワソワしてじっとしていられない状態になります。また逆に「興奮過程<抑制過程」に陥った場合は、アーチャーは意気消沈し、椅子に座り込んだりして動作に生気がなくなります。そして3つ目は「興奮過程=抑制過程」です。この時、中枢神経は最適度の興奮状態に位置し、アーチャーは快い緊張と活気溢れた状態で試合に臨むことができます。
 このように単にプレッシャーとはいっても、いろいろな状態があるわけですが、多くのアーチャーはこれらのプレッシャーを出来ることならすべて排除しようと考えます。しかし問題となるのは、これらのアンバランスからくる精神的動揺であって、言葉を換えれば最良の状態には「適度の緊張」が不可欠なわけです。
 では適度の緊張をどのようにして獲得するかですが、実際問題として精神的動揺とはアーチャーのキャリアや年齢などとは関係がなく、アーチャーにとっては避けられない現象なのです。チャンピオンと初心者の違いは、精神的動揺の有無や大小より、実はそれらに翻弄されずにシューティングを行う能力の多少に起因するといわれています。
 ダレルの天才的とも思える行動のひとつに、彼が試合中それもシューティングライン上で双眼鏡を覗く姿があります。近年速くシュートすることが主流となってからはそれも少なくなりましたが、彼が世界記録を更新し勝ち続けていた頃にはよく見掛けました。ただし、それが普通のアーチャーと違うところは、ダレルの見ているのが自分と競り合っている相手のターゲットという点です。ダレルは試合中それが1点差であっても、その相手の的中やスコアーボードを平然と確認します。これについてダレルは「自分自身にプレッシャーを掛け、その緊張を維持することがコンセントレーションに繋がりベストシュートを約束する」と話しています。
 これからも分かるように、シューティングフォームも、そしてそれを行うアーチャーの精神も、すべてが努力や意識の結果なのです。努力も意識もないところに、理想のフォームや強靭な精神力は生まれません。現実にプレッシャーが存在する以上、それから逃避する限りはプレッシャーに打ち勝つことはできないのです。プレッシャーを無視し排除しようとする前に、まずそれらの存在を認め理解し、それに前向きに立ち向かうことから始めるべきです。すべての無意識(自動化)は、意識から出発することを忘れてはなりません。

ダレルは自分にプレッシャーをかけ続けることで自分自身を高め、コントロールしている。何の意識も努力もないところに「リラックス」は生まれない。

1984年、ラスベガスシュート。クリッカーを鳴らそうとするのでなく、自分の理想のフォロースルーに身体を置こうとする「意識」が大切であり、それができて初めて「無意識」のリリースが獲得できる。

 

 

1979年、ベルリン世界選手権(90m)。この大会ダレルは前半悪天候の中、マッキニーに24点の差をつけて楽勝かと思われたが、後半調子を崩し、勝負は最終回まで持ち越された。そしてダレルは4年ぶりに「世界チャンピオン」の座に返り咲いた。

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