矢のディンプル効果

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日時 : 1999年2月22日 10:22
件名 : 矢の表面処理について

 ぶしつけにメールをすることをお許しください。小生、長年和弓を楽しんでいる者です。和弓の竹矢の仕上げ方には砂目仕上げと磨き仕上げとがあり、古文書では砂目仕上げの矢の方が飛びがよいとの記述があります。この事に関して、筑波大学の小林一敏先生の論文「古文書の中の科学」筑波大学弓道研究室刊「歩射論集」第五巻所収では表面の粗いことによるディンプル効果ではないかとの記述があります。
現在、小生はアルミ矢およびカーボン矢を使用しております。
 そこで、アーチェリー界ではアルミあるいはカーボン矢が使用されておられるようですが、矢の表面処理としてディンプル効果を生むような矢が使用されていますでしょうか。そうした矢があるようでしたら、その品名並びにその矢の具体的なデータの入手法をご教授いただければ、幸甚です。失礼を顧みずお願い申しあげることお許しのほど。
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 ここで言う「ディンプル(dimple)」とは「えくぼ」のことで、その効果とは一番分かり易い例はゴルフボールでしょう。ゴルフボールの表面にはえくぼのような小さい穴(くぼみ)がたくさん開いていますが、もしこのような穴がなく、卓球の球のようなボールであればゴルフボールはいくら上手く打っても真っ直ぐに飛ぶことはありません。このように表面に抵抗(摩擦)があるものが安定を生み出すように、アーチェリーの世界でも同様の効果を求める何かがあるか? というお問い合わせと受け取りました。

 アーチェリーに比較的似た競技でディンプル効果で有名な話は、陸上競技のやり投げです。もう何年も前になりますが、やりの飛距離が100mを越え世界記録の続出と投げたやりが競技場のトラックにまで飛び込み問題になった時期がありました。今では安全性の問題からも制限が加えられているようですが、当時飛躍的に記録が伸びた理由は、やりの表面にサンド処理(砂のような細かい突起を施した加工)を施した新兵器の登場でした。
 このように飛距離を求める方法では、限られた空間(高さ)で飛距離を求める和弓で有名な京都三十三間堂の通し矢があります。この場合、座位に加えて矢の重心位置を通常より後方に移していたと聞きます。これは飛距離を競うスキーのジャンプ競技にも共通します。重心を後方に移し空気に乗るように空気抵抗を利用することが有効な手段なのです。しかし、これらの場合求めるものはあくまで「飛距離」が中心です。ところがアーチェリー競技でもっとも求められるのは「的中精度」です。そして、飛距離と的中は相反する部分に存在しています。
 では、的中を求めるなら例えば「射撃」のように、先端の尖った流線型で抵抗の小さい矢を使えば・・・という考えもあるかもしれません。
 確かに我々のアーチェリーは、ライフル競技やピストル射撃から学ばなければならないことが多くあります。しかし、ここで注意しなければならないのは、銃の弾丸が音速(約340m/秒)を越えて飛ぶのに対して、アーチェリーの矢はカーボンアローを使い28インチ50ポンドの条件であっても、たかだか秒速70m程度の初速しか得られないのです(リカーブボウの場合)。これは重要な問題であると同時に大きな相違点です。
 鯨を射つ銛(もり)の先端は、我々素人が考える以上に尖ってはいません。結構平らな形状をしています。その理由は、尖っていては銛が鯨の背中に斜めから当った場合、滑って刺さらないのです。ここで言う鯨の背中は我々にとっては空気そのものなのです。そしてアーチェリーの矢が例えば90mで弾道を描いて上昇する時と、頂点から下降し的に向かう時を考えれば、スキーのジャンプ競技のように先端から空気に向かうのではなく、空気の中を斜めに進みます。本来ならそこで矢は的中精度を求めるために、空気を切り裂き突き進まなければならないのですが、その時あまり先端が尖りすぎていたのでは矢は空気の中を滑って目的の弾道を維持できないのです。
 
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archer@mtd.biglobe.ne.jp <archer@mtd.biglobe.ne.jp>
日時 : 1999年2月24日 11:03
件名 : 早速のご教示、ありがとうございます

 このたびの質問の趣旨は、あくまで矢飛びの性能に焦点を絞ったもので、的中精度との相関関係は今後の問題と考えておりました。 

 この写真のように、秒速340mを越えて飛ぶ弾丸では先端で空気の濃密部ができ、そこから四方に広がる空気の分子は逆に弾丸の背後に準真空地帯を生み出し、弾丸を飛翔方向とは逆に吸引し制動力となり弾丸のスピードを鈍らせます。そのため、「葉巻型」や「流線型」に代表される空気抵抗の小さい、準真空地帯を作り難い形状は高速で飛ぶ物体には有効です。しかしこれは音速の世界での話です。そう考えれば、アルミ矢の末期に登場した「Bullet Point」と呼ばれる弾丸型の7%や9%といったポイントが一般に語られる空気抵抗に対しては、本当はいかに意味がない(重さは別にして)ばかりか、的中性能に対しても効果がないのが分かるはずです。そしてカーボンアローになってからでも、その延長線上にある現在のほとんどのポイントも同様です。(ここで付け加えるならACEやX-10といった矢に付加されるシャフトの「樽型形状」は矢のスパイン(硬さ)に対しての説明ならともかく、矢の空気抵抗に対してはまったく意味をなさないものです。)
 
 ご存じかと思いますが、和弓では[麦粒]と呼ばれる葉巻型の竹矢がありますし、[杉成][竹林]と呼ばれる太さの一定でない矢もありますが、もちろんアルミ矢では無理な形状ですし、アーチェリーの弓の構造上使用するには不向きと想像します。
 
 アーチェリーにおける「的中精度」を求めるための「ディンプル効果」とはシャフト表面の処理ではなく、空気を切り裂く先端の形状(抵抗)と、それに加えてのハネ(Vane)における空気抵抗に求める方が効果が大きいでしょう。実は、先の超高速で飛ぶ弾丸がなぜ安定した飛翔を得るかというと、そこにはディンプル効果以外の要素が存在します。「独楽(こま)の原理」(ジャイロ効果)です。独楽は回転する限り立ち続けるように、回転するものは安定を得ます。このことは長さのある弾丸(矢)を使用するアーチェリーにおいて非常に重要な要素です。
 では銃の弾丸はどこからその回転を得ているのか。それがライフル(rifle:施条)です。ライフル銃とはその銃身の中に回転する溝が刻んであり、弾丸はそれに沿って回転を与えられ銃身を離れた後もその回転を持続するのです。ピストル銃の的中精度がライフル銃に比べ悪いのは、銃身の短さに加えてこのライフルが刻んでないことが原因しています。(ピストル銃でもライフルが刻まれたものもあります。) しかし、アーチェリーにおいて同様の溝はどこにもありません。矢がこの回転の原動力とするものは、アーチャーの指先から生まれる抵抗(ストリングへの捻り)と、「ハネ」から得られる空気抵抗なのです。そのためにハネには「ピッチ」と呼ばれる傾きが付けられます。この傾き(抵抗)はちょうど扇風機の羽根のように矢(シャフト)に回転を発生させます。しかしライフルが与える回転とは異なり、アーチェリーの場合は飛翔中に空気抵抗から受動的に生み出されるものです。
 最初のご質問に戻ると、矢(シャフト)の表面においてのディンプル効果は、あまり的中に対して期待できないことは理解してもらえると思うのですが、ここまで話してくるとアーチャーなら表面における抵抗ではもっと大きな問題が存在することに気が付くでしょう。そのひとつはクッションプランジャー部分におけるプランジャーチップとシャフト表面の摩擦の問題であり、もうひとつはスパイン(矢の硬さ)です。
 通常の使用であってもテフロン製のチップであればそれが擦り減ってくるように、矢の発射時にシャフトの表面は予想以上の抵抗(摩擦)を弓との間に生み出しています。これは抵抗だけではなく位置関係においても均一性が保たれなければ、安定した的中精度は得られません。そしてスパインの問題はこのこと以上に的中精度に大きく関わります。アーチェリーの場合、一本の矢があれば良いのではなく3本あるいは6本以上の矢においてまったく同じ精度と品質が求められます。一本一本が真っ直ぐであっても、すべての矢が同じ重さ、硬さ、状態で揃っていなければ意味がないのです。この条件を表面が凸凹した(断面が均一な円形を保っていない)ディンプル処理されたシャフトでは、到底求めることは不可能でしょう。
 
 このあたりが和弓と洋弓との大きな違いでしょうか。もちろん和弓でも弓の右側面をこすりますが、洋弓ほどの影響はないと想像しています。
 
 実はシャフト表面を、サンド処理ではない方法で空気抵抗を持たせた矢がある(あった)のです。今から20数年前、イーストンのアルミ矢がまだ全盛であった時代に韓国で試作品まで作られたものです。その方法とは矢が断面を「円形」としたチューブであるという発想をまったく覆すもので、シャフトの表面に90°の間隔で「四本の溝が長さ方向」に走っているというものでした。この方法であればハネも貼ることができ(4枚バネか3枚を不均一に貼ることになりますが)、プランジャーチップもその溝の間に置けば問題なく矢はレストを通過することが可能です。しかし、残念なことにこのシャフトも試作が作られただけで日の目を見ずに消えてしまいました。
 最大の理由はもうひとつありました。「アーチャーズパラドックス」です。アーチェリーは射撃と異なり、指でリリースする限りは避けることのできないこの矢の蛇行運動を有しています。矢は発射時に回転と蛇行を複雑に組み合わせた動きをします。この動きを均一かつスムーズなものとするには、やはり円形のチューブでなければならないのです。部分的に、あるいは角度によって硬さ(スパイン)が異なるシャフトではだめなのです。
 
 和弓でも「現代弓道講座」に上記に類する矢の解説がありますが、その実物を見たことはありません。
 
 というわけで、実際にはアーチェリーのシャフト自体にはご指摘のような加工は施さないのが一般的です。考える余地があるとすれば、やはりポイントの形状やハネの形状、理論での対応となると思います。

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