カーボンアロー対応

 カーボンアローが登場して10年以上が過ぎました。もう過渡期とは言えない時期に入っています。しかし、本当にカーボンアローは得点向上に寄与しているのでしょうか。
 アルミアロー最後の世界記録は1979年の1341点でした。それをやっと1点更新したのが1989年、カーボンアロー初の快挙です。現在の世界記録は1368点。20年もあれば27点の更新は当然と言えば当然の結果です。確かにカーボンアローは一部のアーチャーを高得点に導き、悪条件での平均点を向上させたのは事実です。しかし、最新のカーボンアローを使って、どれだけのアーチャーが20年前の1341点を超えたというのでしょうか? 本当はもっと多くのアーチャーが1350点を越えても不思議ではないのです。

 近年、特にカーボンアローが一般化してからのアーチェリーを見ていると、「なぜ、あれで当たるの??!」と首をかしげたくなるような選手をよく見かけます。しかし、よく考えてみると、実はこれとは反対に「なぜ、あの選手(あの射ち方)が当たらないの?」という可哀相なアーチャーもそれ以上の数で存在しているのも事実です。たしかに、そこにはそれ相当の理由や納得があるのかもしれません。しかし、世界選手権の予選通過点が1290点になってくると、「あれで当たるんだから、凄い!!」といったところで、日本チャンピオンでも予選落ちが現状です。そう考えると、「当たりゃいい!!」といっても、それではすまないのが今の日本のアーチェリーです。
 一般にカーボンアローが高得点に寄与しているように思われていますが、実は「本来もっと当たらなくてはならない選手が、道具のせいで当たらない」としたらどうでしょう。逆にいえば、当たっている選手は偶然か意識的にか、努力の結果かは別にして、道具の選択(ここではカーボンアローの種類とサイズの選択とそれに対する弓を含めたチューニング)が非常にうまくいった結果、多少フォームや射ち方が悪くても、他のほとんどの選手が道具のせいで外してくれるので勝ってしまうのです。それが証拠に、今日本のトップと呼ばれる押し手を落したり、リリースを振り回す貧弱か肥満の選手諸君に出せる点数の限界は1330点止まりであり、実際には1300点台がやっとです。この点数は20年前のアルミアロー当時のレベルと意識より遥かに低い点数です。だからこそ日本のアーチェリーが勝てなくなり、世界で通用しなくなってしまったのです。
 そこで、シューティング技術やフォームのことはここではさて置き、このような高価な道具を使って逆に点数の低下を招いている原因は何でしょうか。答えは、カーボンアローの特性に起因しています。まずひとつは、カーボンアロー自体(特にアルミコアにカーボン繊維を巻き付けるタイプ)がアルミアローに比べて「許容できるエネルギーが小さい」ことが挙げられます。そのため、「矢のサイズの選択が難しく」「自分にとってのベストサイズでなければ矢本来のパフォーマンスが発揮できない」という状況が生まれます。その結果、「シューティングミスや技術的バラツキが大きく的面に反映」されるが、アーチャーは「矢速に惑わされて、正しい状況認識ができない」ということになります。
 そしてもうひとつの大きい原因は、カーボンアロー(シャフト)がアルミシャフトに比べて、アーチャーズパラドックスの際のたわみ幅と復元のストークが小さいことがあります。簡単にいえば、ただでさえミスを拾い易いカーボンアローがレスト付近で、例えグッドシューティングであってもレストのツメやプランジャーチップぎりぎりに通過していくという問題です。その結果、アルミシャフトでは問題にならなかったアーチャーのミスもレスト部分でのトラブルによって、大きく的中に悪影響を及ぼすわけです。
 そう考えると、アーチェリーの道具はこの種の問題(トラブル)に対して1980年中頃のカーボンアロー登場以来、何ら対応していないことが解ります。近代アーチェリーにおける最大の「革命」ともいえるカーボンアローに対して、弓やその他の道具は10年以上何ら改革も改善もなされていないのです。(この後述べるリムの形状にしても現在のプレスに使う型は基本的には10年以上なにも変更されていません) 今、我々が使っているカーボン繊維やNCといった最新の素材や技術は、その基本部分ではロビンフッドの時代と何ら変化していないのです。「カーボンアロー対応」と声高らかに叫べる技術やアイデアは皆無です。あえて挙げるなら、PSEのハンドルに採用されているレスト部分の回避形状と、AVARONやSKYのハンドルに見られる2個のプランジャー取り付け穴程度のもので、結局は現在の最新といわれるリムやハンドルにしても基本設計にはまったく手が加えられない、旧態然とした「昔ながらの弓」にすぎないのです。

 そこでアロー側の選択やチューニングではなく、弓本体に対するチューニングによってカーボンアロー本来のパフォーマンスを引き出すことで「カーボンアロー対応」について考えてみます。とはいっても、これまで一般的にはクッションプランジャーの出し入れや硬さの調整、ストリングの太さやストリングハイトの変更程度がアーチャーに与えられた方法でした。しかし、この程度の方法では前述のカーボンアロー復元時におけるたわみ幅とストロークから発生する「レスト部分のトラブル」解消には限界があり、結局は矢自体のサイズか種類の変更に頼るしかありませんでした。では、この問題に対するもっと有効な手段は何か。それは、ストリングハイトの大幅な変更です。なぜなら、特にストリングハイトを高くすることは、矢のノックがより速くストリングから離れ、自由になることでレスト通過時のクリアランス(矢とレストとの間隔)確保が容易になるばかりでなく、アーチャーの押し手やリリースで生まれるミスが矢に伝わる接点がより速く解消することで的中精度を高めることが可能になります。
 では、なぜこんな簡単な方法をアーチャーは駆使しなかったのか? 知識の問題だけではなく、実行できなかった状況があるのです。弓のメーカーはリムの形状やリムのハンドルへの差し込み角度によって、その弓のパフォーマンスをもっとも発揮できるであろうと予測する「基準になるストリングハイト」を事前に設定します。ところが、この基準の根拠となる基本設計にどのメーカーも問題があるのです。現在、ほとんどのメーカーが推奨するストリングハイトは66インチの弓で8 1/2インチ前後であり、高めで使うアーチャーであっても9インチ程度でしょう。9 1/2インチまでいくと高い方に入るのではないでしょうか。そして、実際の傾向はどんどん低くなり、8 1/4インチ程度まで下げているアーチャーも多いはずです。ところが、昔ワンピースボウ(木製)の頃のストリングハイトはというと「10インチ」前後が一般的でした。これは、弓の基本設計自体がそのようになっていたのですが、その理由は当時使用されていたストリングの素材が「ダクロン(ナイロン)」製であり、ストリングの伸びが大きいために矢の発射時にストリングがより長い時間(距離)ノックに触れているためでした。しかし、テイクダウンボウと時期を同じくして登場した「ケブラー(芳香アラミド繊維)」製のストリングは現在一般に使われている高密度ポリエチレン製と同様にほとんど伸びない性質を持つ素材でした。これによって、ダクロンとケブラーで同じストリングハイトでシュートすると、ケブラー製の方が約1インチ速くノックから離れることができるわけです。では、なぜこの時メーカーはストリングハイトの基準を10インチのままで「ケブラーストリング対応」の弓を作らなかったのか。その理由は当時使われていた矢がアルミ製であったことに起因します。各メーカーともに的中精度向上のため「矢速アップ」を目的としたケブラーストリングだけでなく、カーボンリムの開発やリムの基本設計の変更にやっきになっていました。そして、矢速アップにもっとも簡単に対応する方法がストリングハイトを下げるやり方だったのです。ケブラーストリングはその軽さに加えて1インチストリングハイトを下げても、ダクロン同様の条件を確保するだけに魅力的な素材でした。よって、カーボンアロー登場まで、ストリングハイトは「9インチ」前後を基準としてすべてが継承されてきたのです。そして、カーボンアローが登場して10年が過ぎた今も、何らこの部分は改良されることなく「アルミアロー対応」のままで、カーボンアローの特性を無視して作り続けられ、使われ続けているのです。

 前置きが長くなってしまいましたが、ではなぜ現在使われている弓でストリングハイトを10インチ程度まで上げないのでしょう。そこには大きな問題がいくつか存在するからです。まずやってみると分るのですが、「リカーブ部分」が伸びてしまい、ストリングを張った時にストリングが弦溝と呼ばれるリムに彫ってある窪みから浮いてしまいます。これはリムがねじれ易くなることを意味し、安定に欠ける結果となります。ちょうどこの逆の発想がヤマハが提唱する「パワーリカーブ構造」です。実はパワーリカーブは発射時の安定もさることながら、通常の使用におけるリムのねじれを抑えるという大きな効果があるのです。
   最近の弓は、ストリングハイトを10インチ程度まで高くすると、ストリングが弦溝から外れ、ねじれ易くなってしまいます。
 次に起こる問題は「エネルギーの減少」です。ストリングがより長くノックに触れているということは、レストでのトラブルやミスの伝達を無視すれば、より多くのエネルギーを弓から矢に伝えられることを意味します。ストリングハイトを下げれば最も効果的かつ簡単に矢速のアップが図れるのです。その結果をアーチャーはサイト位置が上がることで実感します。これはサイト位置という客観的事実を通して素人のアーチャーでも理解できるため、メーカーとしては他メーカーとの比較を恐れ、よほどの新技術でもない限り現状のストリングハイトを高く推奨することはないのです。
 最後のもっとも大きな問題が、「リカーブ」本来の効果の発揮です。これこそが、リムの基本設計にかかわる部分です。現在使われているすべての弓は「デフレックス形状」と呼ばれるリムの形を採用しています。本来、弓は竹の板の両端に糸を結び付ければ分るように三日月のような形をしていまいた。ところが近代アーチェリーでは糸を結び付けた先端部分が本来の曲がりとは逆に反り返った形状をしています。この逆に反った部分を「リカーブ」と称します。このリカーブ(デフレックス)形状が優れている2つの理由があります。ひとつは、三日月形状ではドローイング時の応力がリムの根元付近に集中するために、耐久性のみならず安定性に問題が起こります。それに対して、デフレックス形状ではリカーブが逆に反ることでリム全体からエネルギーを発揮することが可能になります。そしてもうひとつ、これが重要なのですがリカーブは野球のピッチャーがボールを投げる時に手首のスナップを利かすのと同じ効果を持っています。リカーブが本来の効果を発揮すれば、矢には抑えが効いた状態が生まれ飛翔時の安定が著しく向上します。リカーブは手首のスナップ同様、ドローイング時には伸びた状態が作られ、発射時では逆に反ったところまで復元する必要があるのです。そのため、ストリングハイトを高くすることはリーチの短いアーチャーであってもリカーブを伸ばすことには効果があっても、発射時にはスナップを効かせることなく軽率に矢を放してしまうのです。この理由からアーチャーは自分のドローレングスに見合った弓の長さを選択しなければならないわけです。
   リカーブの形状と硬さは弓の基本設計の中でも非常に重要な部分を占めます。最近、女子で25インチ程度のアローレングスで66インチ以上の長い弓を使用する選手をよく見かけますが、あまり感心できる選択ではありません。

 結論(提案)です。 が、ここで述べる提案は本来メーカーが明確なコンセプトを持ったうえで、多くの研究や試作を経たうえで提唱すべきものです。しかし、残念なことに日本を含めた世界のアーチェリー業界には、リカーブボウの世界に対して注力するエネルギーも予算的裏付けもないのが現状です。そこで我々アーチャーとしては与えられた状況の中で新たなトライを試みるしかないのです。
 
○発射時の矢のクリアランス確保とミス軽減のために、ストリングハイトを10インチまで高める。
○それでいながら、リカーブの動きを十分確保し、最良のパフォーマンスを維持する。
 
 この条件を満たすには、「リムのハンドルへの差し込み角度を寝かせる」しかありません。しかし、現在市販されている弓でこの提案を実現できるモデルはヤマハとプロセレクトしかありません。
 その前に少し余談ですが、HOYTをはじめとした輸入品のすべてのモデルは、なぜ「ポンド調整機能(リムの差し込み角度の変更)」を有しながら、もっとも最良の性能を発揮する基本となる位置(角度)からリムを起こすことでポンドアップをするように設計しているのでしょうか。これは重大な問題です。例えばヤマハの場合「ダブルアジャストシステム」という他社にはない親切で安定した方法を採用していますが、これがなかったとしてもヤマハのすべてのモデルは基本設計位置(最良のパフォーマンスを発揮できるとメーカーが考える状態で、表示ポンド数の測定やすべての基本になる位置)からリムを寝かせる(ポンドダウン)ようにできています。これは、例えば初心者が自分の弓を購入する場合、弱いポンド数から次第にレベルアップを図っていき、最後に最良のパフォーマンスを発揮できる状態で自分の弓が使えるようにとの配慮からで、非常に納得のいくやり方でありコンセプトです。この場合、リムを寝かせることは性能的には矢速やリカーブ部分の活用上問題はあるにせよ、どちらかというと弓は「安定」(おとなしい状態)の傾向に近付きます。ところが、他メーカーの弓はほとんどが基本設計位置からさらにポンドアップするように設計されているため、もし初心者が意識的に弱いポンド数の弓を手に入れても最終的に自分に合ったポンド数で使用する時には、リムの角度は基本設計位置より起き上がった状態となってしまいます。例えば、HOYTでポンド調整ネジをいっぱいまで締め込んで(ポンドアップして)みると、見た目にも分るようにリムの立ち上がり形状が不自然になりリムの中央付近が極端にたわみます。そして射ってみると、リムのバタツキが大きく安定に欠ける結果となります。もし、HOYTやそれに類するモデルをお使いのアーチャーで弓の安定を望むなら、あまりネジを締め込まずに使うことをお勧めします。(ポンドアップのためではなく、チィラーハイトの調整程度に留めましょう。)
 そこで話を戻しますが、残念なことにこのような理由から今回の提案にすぐトライできるのはヤマハとプロセレクト使用者のみということになってしまいます。しかし、外国製の弓を使うアーチャーであっても、このことは今後の弓のチューニングにおいて役立つでしょう。
 
 基本設計位置(#1)でストリングハイトを10インチまで高くした場合、ストリングが溝から浮き上がりリカーブも伸びてしまう。    ストリングハイト10インチでも、リムを寝かせた状態(#3)だと#1で8 1/2インチと同様のリカーブ形状が得られる。
 
 具体的には、ヤマハのハンドルの差し込み部分に装着されるスペーサー(接合板)は通常「#1」(最も厚いタイプ)が使用され、メーカーも推奨しますが、これを「#3」の最も薄いタイプと取り替えます。これによってリムは差し込み部分で4ミリ傾く(寝る)ことになります。ここで、一度それまでと同じ長さのストリングを張ってみると分りますが、この状態だとリム全体はリカーブの強さに負けて中央付近がまったくたわみません。それは初心者がポンドダウンした時にリム全体のしなりを得られずに弓本来の性能が発揮できない時の形です。それにこの状態ではヤマハが説明するように約10%のポンドダウンになるため、表示40ポンドのリムは約36ポンドになってしまいます。
 そこで次に、このリムの状態のままでストリングを捩ってストリングハイトをとりあえず10インチまで高くします。(ストリングを捩ることでの大きい問題はありません。)そしてもう一度リム全体の形状を見てみると、今度はまだリム中央付近のカーブは直線的かもしれませんが、リカーブについてはほとんど満足のいく形状が得られるはずです。これはリムを寝かせた弓をドローイングした状態でフルドロー時にストリングがちじんだ(短くなった)ことを想像すれば分り易いのですが、リカーブだけでいえば2インチ(ストリングハイトを高くした分)オーバードローした形状が作り出せるわけです。ただし、これですべての問題が解決するわけではありません。問題はドローイング時は良いにしても、リリース時にはストリングハイトが高いため、2インチ速くノックがストリングから離れます。このことを目指したわけではあるのですが、矢に与えられるエネルギーが減少するため当然サイト位置がそれまでのチューニングと比べて下がってしまいます。スパインが少し硬めになり、矢も少し飛ばない状態になるわけです。また、ドローイング時のウエイトも少し軽くなります。
 しかし、この問題と相殺してでも今回の提案の目指す「矢のクリアランス確保」「ストリングからの早期開放によるミス軽減」は、カーボンアローに対して新たなアドバンテージを発揮してくれるものと確信します。もし、現在使用のヤマハのモデルでトライを試みてこの提案の趣旨を感じるのであれば、ぜひ次は自分の希望するポンド数より2ポンド程度高い表示のリムで試されることをお勧めします。(サイト位置の下がりを気にせず、矢のグルーピングの大きさとミスの状況で判断してください。)

 先にこの種のトライは、本来メーカーがするべきものといいましたが、例えばコンパウンドボウがほんの少しのリムのたわみの中から大きなエネルギーを生み出すように、リカーブボウにおいても滑車はなくても10インチのストリングハイトの中から現在と同じか、それ以上の矢速と飛翔の安定を作り出せる素材や全体形状の開発が実現された時にこそカーボンアローがすべてのアーチャーの最善・最良の道具となるのです。その時、初めてメーカーは「カーボンアロー対応」とそのモデルに銘打てるのです。健闘を期待します!!!

copyright (c) 2010 @‐rchery.com  All Rights Reserved.
I love Archery