カーボンリムとオレンジジュース

 カーボンリムに限ったことではなく、カーボンスタビライザー、カーボンサイト、カーボンアローでもすべて同じことなのですが、例えば「カーボンリム」。あなたのカーボンリムはオールカーボン製ですか。違うはずです。少なくともリムの芯材には木(天然素材)か発泡材(化学素材)が使われています。にもかかわらず、カーボンリムなのです。不思議に思ったことはありませんか。
 それらがカーボンリムと呼ばれる理由は、それまで弓は木芯にグラス(FRP)を貼り合せてあったものが一般的であり最先端の道具でした。ところが1976年からそこにカーボン(CFRP)も貼り合わせるようになったのです。これによって弓は大きく進歩し得点も向上しました。そこでメーカーもアーチャーもこのハイテク先端素材を使ったリムを、グラスだけのものと区別して「カーボンリム」と呼ぶようになったのです。その結果それまでのリムは「グラスリム」と呼ばれるようになり、どちらかと言えば初心者用の道具に転落しました。
 では、芯材部分を除いたとして、カーボンリムはオールカーボンなのでしょうか。実は昔も今も、多くのカーボンリムはグラスとカーボンを貼り合せたラミネーション構造を採用しています。サンドイッチのように木や発泡材の板にグラスやカーボンの板を何層にも貼り合せてリムは出来上がっているのです。その理由はいろいろあります。性能的なこともあるでしょうし、構造的なこともあります。当然、接着などの技術的なこともあれば、カーボンだけではコストが高すぎるという値段的なこともあります。(これらはまた別のところで述べます。)
 ともかくは「カーボンリム」と言ってもカーボンだけで出来ているのではありません。にもかかわらず、世の中ではカーボンと名の付いた商品がアルミに比べて、グラスに比べて非常に高価な値段で出回っていて、アーチャーもありがたがって使っています。
 そんな「カーボン」(Carbon)とは何でしょうか。辞書で引けば「炭素」であり、カーボン紙から炭素棒、炭素繊維と、これらの総称として載っています。そこで、カーボンリムのカーボンは何かということになるのですが、その前に「グラス」(Glass)を説明した方が分かり易いでしょう。我々が一般的に「グラス」や「グラスファイバー」と言っているのは「ガラス」です。窓にはまっているガラスとグラスは同じものです。ただしグラスと言う時は、ガラスを溶かして細い糸のように繊維として引き伸ばしたものです。まずこれが「グラスファイバー」(ガラス繊維)です。この状態ではガラスのように硬いものでも、割れたり折れたりするものでもありません。本当に糸(繊維)の状態です。しかしまだ我々が一般的に言うグラスファイバーとは少しイメージが異なります。繊維と言いながらも一般的には、ヘルメットやカー用品、バスタブや釣竿等など、固いものをイメージしてしまいます。その理由はグラスファイバーが最近では繊維として衣服にも使われますが、それ以上に「FRP」と呼ばれる形に加工して昔から使われてきたからです。しかしFRPとは、aiber einforced lasticsの頭文字をとったもので、「繊維で強化されたプラスチック」の総称であり、繊維の種類によってはグラスだけとは限らないのです。グラス=FRP と思われるくらいに世間には浸透していますが、あえてグラス繊維の入ったものを指すなら、G.F.R.P.になります。細いガラス繊維がプラスチックの中に入って固まっていると思えばいいでしょう。これがアーチェリーにも使われているというわけです。
 そこでカーボンですが、この場合もグラス同様にカーボン繊維をプラスチックで固めた「C.F.R.P.」(炭素繊維強化プラスチック)を指しているのです。少しイメージが湧いてきましたか。ということは、CFRPがほんの少しだけFRPの間に使われていたとしても、「カーボンリム」なのです。それは高性能や高価格の代名詞のようにも使われていますが、実はカーボンリムはカーボンだけで出来ているのではないのです。農林水産省のお達しで天然果汁100%の飲み物だけがジュースと称せられるのですが、アーチェリーの場合は果汁が1%であったとしてもジュースと呼んで売ってもいいのです。カーボンリムのようなグラスリムも、グラスリムのようなカーボンリムも、カーボンさえ入っていれば、全部カーボンリムなのです。
 では次に、仮にCFRPだけで作られているリムなら栄養豊富でカラダに良いかということですが、もう少し考えてください。
 FRPとは繊維で強化されたプラスチック(アーチェリーの場合はほとんど板状)です。この時、繊維を「強化材」と呼びます、CFRPなら強化材はカーボン繊維です。ではそれを固める樹脂を「母材(マトリックス)」と呼びます。樹脂とはプラスチックの略ですが、そう考えればこれも感覚的にわかるでしょうが、例えばリムの反発力(弾性率)やねじれ剛性といった強度などの機械物性要因は強化材の特性に起因します。そして炎天下や雨中での変形や使用による劣化や耐久性といった化学特性要因は、母材の特性に起因するのです。一般にアーチェリーでは「エポキシ樹脂」が母材に使われます。これは硬化収縮が小さく、接着性や耐熱性に優れ、比較的安いからです。これは100%果汁のジュースであったとしても、バレンシアオレンジと温州みかんでは味も栄養も異なるのと同じことです。缶入りジュースとジューサーで搾ったジュースでは違います。しかしどれもオレンジジュースというのです。カーボン繊維が入っていれば良いというものでもなければ、カーボン繊維ならなんでもいいというものでは決してないのです。
 例えばオールカーボンの矢でも、思いっきり曲げると割れてしまうシャフトがあります。これなどはオールカーボンと呼ばれCFRPだけで作られているロッドではあっても(その意味では100%です)、母材である樹脂が多いことや技術力がないことの現われです(CFRP100%であっても、エポキシ樹脂が99%でカーボン繊維が1%の場合もあります。あるいはカーボン繊維が入っていても、その繊維が良くないものの場合もあり得ます。)。樹脂が多ければカーボンそのものの特性も発揮されないばかりか、重さが重くなったり強度や精度が低下する原因にもなります。とはいえ、ヤマハのForgedハンドルに使われている「TP」(Thermo Plastics)と呼ばれるプラスチックもFRPの仲間ではありますが、これは熱可塑性強化プラスチックと呼ばれ、繊維ではなく母材の特性によってリムの振動を吸収しようという素材です。何のために何を使い、何を求めるかが重要なのです。
 もうひとつ重要なことがあります。繊維には長さと方向があるということです。カーボンエクステンションなどに使われる繊維は短繊維であり、コストも安い分カーボン繊維本来の性能ということでは長繊維には勝てません。あるいはデザインのために表面にだけカーボン風の模様を配したものもあります。では長い繊維が使われていればいいのかということですが、カーボンクロスやカーボンロービングと呼ばれるように、繊維の種類や使い方、方向が大きく性能に影響します。ロービングと呼ばれる一方向の繊維の流れがリムの長さ方向に向いているものを100と考えれば、それを90度横向きの繊維に置き換えれば、反発力は0です。では長さ方向だけでいいのかというと、そんなリムはねじれ易く使い物になりません。そこでメーカーはクロスと呼ばれる布状に繊維を織ったものを使います。縦横に繊維が通っているのです。しかしこれも縦横直角に使うか45度斜めに配するかで性能が異なります。一般的には45度に斜交クロスを配するとねじれ剛性の高いリムができます。しかし反発力は90度に比べれば半分です。メーカーはこれらの組み合わせによって、より良い性能や耐久性、コストダウンを求めるのです。
 そして最後に。カーボン繊維にも種類があります。カーボン繊維がアーチェリー用品に使われる理由は、その性質にあります。熱的性質としての耐熱性が高いことや化学的性質の耐食性に優れるなどもそうですが、何よりも比重が低く(軽く)、強度が強く(強く)、比弾性率が高い(反発力に富む)という機械的性質です。そして近年、研究開発の成果としてこれらの性質は、より高性能なスーパーカーボンを生み出しています。しかしそれらはオールマイティーというのではなく、高強度を目指すものや、高弾性に性能を発揮するものなどへと進歩しています。(しかしまだまだ高価ではあります。)
 同じオレンジであってもジュースに適したもの、そのまま食べて美味しいもの、見てくれだけのものと、それぞれなのです。スーパーでオレンジを買う時、単に安ければいいのなら安いものを探せばいいのですが、高いお金を払うのなら、袋に書かれている表示だけでなく、手にとって1個1個をよく見てみないと腐ったオレンジを買うことにもなりかねません。無駄使いと失敗のないように、お気をつけて。

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