フツウのアーチェリー

 フツウの英和辞典で[ archery ]を引いてみると(手元にあるのは研究社の新英和中辞典第5版です)、「洋弓術」「弓矢類」などの言葉が出てきます。
 [ recurve ]を引くと、[ recurved ]のところに「後方に曲がった」とあります。では[ deflex ]を引くと、これも[ deflection ]のところに「それ、ゆがみ、かたより」や「偏向、ふれ、偏差」とあります。そこで「偏向」をフツウの国語辞典(三省堂の新明解国語辞典第4版)で引くと、「一方にかたよった傾向。わきへそれること。」とあります。
 では[ reflex ]はというと、「反射」や「そり返った」という言葉が出てきます。
 [ compound ]は「混ぜ合わせる」「混合物、合成物」とあります。
 
 では我々が今しているフツウのアーチェリーはというと、ルール上は「リカーブ部門」に属します。これは「コンパウンド部門」に対しての「リカーブ部門」なのですが、ここに至るまでには少し歴史があります。
 アーチェリーは長い間「ダブルFITAラウンド」が基本でした。90m(女子は70m)から30mまでの4つの距離を全員が合計288射行い、その合計得点によって世界の頂点に立つ者を決めてきました。ところが1985年の韓国世界選手権を最後に、1987年オーストラリア世界選手権から「グランドFITAラウンド」なる一種の「ふるい落とし形式」が導入されます。これは翌年1988年ソウルオリンピックのリハーサルでもあったのですが、それでもチャンピオンは36射4つの距離での合計得点で決められていました。
 この頃はまだリカーブ部門なる呼び名もなく、コンパウンドボウはFITAとは無関係な世界で隆盛を誇っていました。そしてFITAは1992年バルセロナオリンピックから、現在の「マッチ形式」の原型となる「オリンピックラウンド」を導入、翌1993年トルコ世界選手権でも採用されるに至った時から、突然「オリンピック部門」なる名称でフツウのアーチェリーを呼ぶようになったのです。これは日本国内でも同様でした。ところが1995年インドネシア世界選手権から、予想以上に早く「コンパウンド部門」がFITAに正式参加します。そのためこの大会ではまだ「オリンピック部門」と「コンパウンド部門」とに分けられています。しかしこの時すでにコンパウンドボウのオリンピック参加が考えられていたのか、次回1997年カナダ世界選手権から「オリンピック部門」は現在の「リカーブ部門」へと改称されます。ここから現在の「リカーブ」と「コンパウンド」の分類は始まったのです。しかしFITAの思惑とは別にIOC(世界オリンピック連盟)はコンパウンドボウを従来の「フツウのアーチェリー」とは認めず、「ニュースポーツ」としての位置付けのもとで現在に至っています。これはコンパウンド部門がオリンピックに参加することは野球以上に難しいことを表しています。
 そこで話を戻して、1960年代に登場した「Compound」ボウはそれまでの弓類とは違った、滑車が混ぜ合わされているということでこの名が付いたのでしょう。滑車の混合弓、合成弓ということです。あれから30年を経て、コンパウンドとの区別として「Recurve」という名称があえて登場したのでしょうが、そこには多少の無理があります。
 たしかに今我々が使用している弓は「リカーブボウ」ではあるのですが、このリカーブとはリムの先端部分で弓が逆に(後方に)反り返って(曲がって)いる形状(構造)に由来します。しかし弓の原形はアマゾンの原住民や子どもの弓遊びでも分かるように、真っ直ぐな竹や棒に蔓やひもを結ぶだけの弓であり、そこにリカーブ構造はありません。単なる弓なりの形です。
 1972年ミュンヘンで52年ぶりにオリンピックに復活を果たすアーチェリー競技ですが、これより64年前の1908年ロンドンオリンピックでも、まだ「リカーブ」は発明されていません。
 ではなぜリカーブが生まれたのか。子どもの竹の弓を想像してください。それを引いていく時、最初から最後まで一番大きく曲がるのは弓の根元であり、折れるのも根元であるグリップ付近でしょう。もし今のテイクダウンボウにリカーブがなかったとすれば、一番折れるであろう場所はリムとハンドルの接合部です。そこに最も応力集中が起こり、負担が掛かるというわけです。その強度面での問題を解決する意味でもリカーブはあります。本来の反り方とは逆に反ることで、フツウの弓は最初根元がたわみだし、ある程度引かれた位置からは徐々に先端部のリカーブが伸びだすのです。これによってリムのたわみは全体に分散され強度面だけでなく性能面でも、矢を根元の反発力だけではなくリム全体の無理のないしなりによって飛ばしてくれるのです。これに加えてリカーブには、ボール投げでいうスナップを効かせる効果があります。単に矢を遠くに飛ばせばよいのではなく、安定や抑えといった的中性能の向上を生み出すのです。ともかくリカーブには意味があり、それを生かすことが求められます。とはいえ、フツウの弓にとって将来的にもリカーブこそが最良、最善の完成形かというとその答えはまだ分かりません。
 同じように、リムのたわみではなく滑車で飛ばすコンパウンドボウにとってリカーブは無用であったとしても、今後どんな新しい発明があるかは未知数です。現に4ホイールから始まった滑車も2ホイールを経て、現在は1.5カムやワンカムといった構造に進化しています。
 しかしとりあえずは滑車(コンパウンド)に対してのフツウの弓を表す時、滑車が付いている部分と同じあたりにあるリカーブ構造を見て、「リカーブ」部門という差別化くらいしか思いつかなかったのでしょう。
 例えばこれも今が最良、最善とは限りませんが、我々が使っているフツウの弓はリカーブ構造を有すると同時に、「デフレックス構造」でもあります。リカーブは弓の先端部分の構造ですが弓全体を見た時、グリップより手前(顔側)にリムの付け根が来ています。引いた時にグリップが一番深い位置に来ます。これによってエイミング時や発射時の安定性や安心感を性能的にも感覚的にも提供しています。しかしこれも滑車やリリーサーで飛ばすコンパウンドにおいては同じではありません。弓全体が逆に反り返った、グリップよりリムが的側に出たリフレックス構造のコンパウンドが多いことからも分かるはずです。もしコンパウンドが「リフレックス部門」と称されていたなら、フツウの弓は「デフレックス部門」と呼ばれたかもしれません。
 しかしそれにしても、今の世の中なにがフツウなのでしょうか? 「ベアボウ部門」は本来の裸弓からは逸脱し、スタビライザーもクッションプランジャーも認められた「リカーブのサイトなし部門」になっています。「リカーブ部門」においても、一般通念および語義に適合しないフツウの弓がすでにメーカーの力関係によって公認されています。
 それを思えば、昔コンパウンドがFITAに加盟する前の1970年代。彼らが自ら用いていた「Unlimited部門」と「Limited部門」を復活させて、何でもありの部門とそうではない使ってはいけないモノを明確に規定した部門に分類するか、あるいは「Compound部門」に対しての「Traditional部門」とでもして、イギリス貴族のスポーツとしてのアーチェリーの原点に立ち返るのもいいのではないでしょうか。少なくともニュースポーツの方がすでに歴史の長さを除けば、競技人口もマーケットもすべてにおいてフツウの弓を上回っているのですから。

copyright (c) 2010 @‐rchery.com  All Rights Reserved.
I love Archery