Chapter 1 スタンス(Stance)

 「美しく射つ」ということを考える時、それは自己満足としての評価ではなく、「誰が見ても美しい」という客観的評価でなければ意味がありません。
 アーチェリーという競技は結構この第三者からの評価が的を得ている場合があります。例えば練習場の横を犬を連れた話好きのじいさんが散歩していて、「あんた、それちょっとからだ捩じれてへんか!!?」的なことを言われたり、家で夜弓を組み立てて素引きをしていると「その腕、曲ってない?!」と親や嫁さんに指摘されたりするものです。ここで大事なことは、あなたがオリンピックや世界選手権を目指さないのならなおさらこの種のアドバイスに真剣に耳を傾けるべきです。なぜならアーチェリーはスポーツであり、スポーツである以上は健康のため身体のためにするべきであり、そんな時身体が捩じれたり傾いたり他人から見て変な格好でしているのはやはり不健康であり、本来のフォームではないはずです。
 とは言っても、いつも赤の他人や素人の意見を待っていてもうまくはならないでしょう。やはりちゃんとした指導者やコーチにアドバイスを仰ぎ、長期的かつ計画的な指導を受けるべきです。しかしアーチェリーという個人競技をそこまで熱心にやろうという人間に限って、他人の意見など聞かない立派な性格の持ち主である方が多いのは事実であり、また、残念なことに才能あふれる指導者が少ないことも現実です。
 指導者やコーチはその中に「美しく射つ」という評価基準、あるいは目標があるかは別にして、当然当てるためのノウハウを教授してくれます。しかしここで注意しなければならない重要な点があります。それは彼らがどこまであなたと「信頼関係」を築け、どこまであなたの心に語り掛けることができるかという問題です。
 レベルアップを目的とした「コーチング」や「指導」とは何か? との問に答えた名言のひとつに「客観を主観に翻訳すること」という回答があります。よく指導者の中には「リリースを取られるな!」とか「押し手を落すな!」とアドバイスする人がいます。(誤解のないように付け加えますが、初心者指導においてはこれで十分ですが、中級者以上のアーチャーにとっては不十分ということです。) しかし、これは現状を述べているだけであって、「理由」と「方法論」がまったく語られていません。また方法論を語ってくれても、「この筋肉を使い、肩甲骨をこの位置にもってこい!」とか「上腕二頭筋を緊張させろ!」的な指導をする場面に遭遇します。しかしこのようなアドバイスを受けても多分アーチャーは混乱するか拒絶反応を起こすのが関の山です。なぜならこの種の指導はそれを専門に研究している人間にとっては「客観的事実」として不可欠かつ絶対であっても、それを実行するアーチャーにとっては何ら意味をなさない言葉だからです。
 犬の散歩をするじいさんであろうが偉い先生であろうが、アーチャーにとっての具体的レベルアップにおいて必要なことは「主観的事実」なのです。実際に自分の身体を動かすためには理論より「実際」なのです。そして「主観的事実」とは言葉を替えれば自分自身の「感じ」であり「イメージ」であり、自分の身体をコントロールし、動かすための「方法論」なのです。
 上腕二頭筋を使わせたいなら「力こぶを作るように・・・」であり、リリースを取られないようにしたいなら「ジャンケンポンで手を開く・・・」なのです。そこに理論と実際の明確な一致は必ずしも必要ありません。あくまで方法論であり、身体を動かすための手助けなのですから、あるアーチャーは肘を突く感じでリリースが鋭くなる者もいれば、ある者はストリングの返る音を手がかりにリリースのスピードを高められるかもしれません。良い指導者、コーチとは良い結果や求める理想に近づくためにどれだけのイメージを駆使しアーチャーの心と身体をコントロールするかなのです。
 もしあなたが中級者以上のアーチャーなら、レベルアップが練習量やキャリアに正比例しないことや、それがある日突然にやって来ることをすでに知っているはずです。「当てたい」「勝ちたい」「強くなりたい」といった情熱が練習時間を作り出しレンジへ足を運ぶための原動力とはなっても、具体的なレベルアップの手段、方法でないことは理解しているはずです。明確な目的意識と正しい理論に裏打ちされた努力、そしてその実行のための勇気こそが、今あなたに必要なのです。

スタンスは肩幅か

肩幅より少し狭く

 スタンスの幅を広くとると身体が安定すると考えるアーチャーがいます。本当でしょうか?
 実はそう簡単な問題ではありません。なぜならアーチャーは足の裏(接地面)だけで立っているのではないからです。人間は爪先を結んだ線と踵を結んだ線と足の外側で作られる「支持面」の中に重心位置(直立の時ヘソの奥のあたり)から真っ直ぐ降ろした点を、無意識に維持しながら立つという行為を持続しているのです。確かにスタンスを広げれば左右方向への安定度は増しますが、逆に前後方向への安定度は低下します。その意味からは左右の安定を求める意思から広いスタンスをとるなら良いでしょうが、やはり一般的にはアーチャーは全方向の安定を求めるべきです。では、なぜ肩幅なのか? それは肩幅で立つことでアーチャーはすべての方向に対してふんばりが利くわけです。
 それだけではありません。これはスタンスに限ったことではないのですが、アーチャーがシューティングフォームに求めるひとつの要素は「安定」です。
では、人間の身体が安定(固定)を得るためにもっとも良い条件とはなんでしょう。それは「筋肉を使わない」ことです。 人間は筋肉を駆使するからこそ疲労し、震えるのです。しかし、現実問題としてまったく筋肉を使わずにフォームを作ることはできません。ということは、理想のフォーム、美しいフォームとは極力筋肉を使わないフォームを作ることです。では極力筋肉を使わずにどうして弓の重さや張力を支えるのか。それは「骨で支える」ことです。骨を力に対して真っ直ぐな位置に置き、それによって筋肉の参加を最小限に抑えるわけです。
 スタンスを肩幅か肩幅より少し狭くすることで、足の骨で真っ直ぐ体重を支え、筋肉参加を最小に留め、それでいてすべての方向にふんばりの利く理想のフォームができます。そしてこの時、爪先は自然に開き、膝は真っ直ぐ伸ばし(筋肉を不必要に使い力むことなく)、重心位置は心持ち爪先よりに置き、左右均等に立ちます。普通に真っ直ぐ立てば良いわけです。

 

両肩を結んだ線と

腰を結んだ線と

爪先を結んだ線を平行に

 スタンスの基本型は「ストレートスタンス」と呼ばれる、爪先を結んだ延長線上にエイミングするゴールドがくる立ち方です。この時あたりまえすぎて語られることが少ないのですが重要なポイントがあります。それは爪先を結んだ線がゴールドを指すように、腰骨を結んだ線も両肩を結んだ線も同じようにゴールドを向かなければなりません。これらの3本の線が平行になり、ちょうどシューティングライン上にラインとは直角に「壁」が立つようにフォームを作らなければなりません。アーチェリーフォームの理想のひとつは、いかに「平面的」な形に身体を置くかなのです。
 アーチェリーの基本射形におけるスタンスが「ストレートスタンス」であることに異議を唱える人はいないでしょう。しかし、スタンス以外の部分においても重要なことがあります。例えばテニスやスキーといった他のスポーツでは、基本をマスターした後により高度なテクニックや能力、あるいは次のステップがあるのですが、アーチェリーにおいてはそのようなものがほとんどないことです。初心者はまっすぐ立つが、うまくなれば曲ったフォームでも当てる・・・というようなことがないように、アーチェリーでは「基本=理想」のフォームといえるのです。アーチャーはどれだけ初心者の時に習ったフォーム、技術を自分のものとして試合で実践するかが命題なのです。だからこそ下半身に限らず、上半身においても骨で真っ直ぐ弓の力を支えるため、平面の中に押し手や引き手を置くことで安定した理想のフォームとなるのです。
 では、ストレートスタンスはアーチェリーにおける究極の理想形といえるのか? 確かに難しい質問です。なぜなら10年周期くらいでストレートスタンスとオープンスタンスが替わるがわる世界のトップを取り、その時代の主流となってきたからです。しかし残念なことにクローズドスタンスが主流あるいは大勢を占めたことはありません。ということは、アーチェリーのスタンスはストレートかオープンに絞られるのは間違いないでしょう(オープンの開く角度の問題は残りますが)。
 しかし、ここではあえて「ストレートスタンス」を薦めます。なぜなら、ストレートのほうがオープンより遥かにシンプルでマスターし易く、よほどのアーチャーでもない限りメリットが多いと考えるからです。爪先を結んだ延長線上にゴールドを置くのは誰にでも簡単にできます。そして平面が基本形であれば、もし身体が捩じれたり折れ曲がったりしても、自分も他人もすぐに気付き回復も簡単です。その意味でSimple is Best なのです。ところがオープンを自分の基本とした時には、開き方ひとつをとってもマスターにはストレート以上の意識と努力を要します。それでも、というアーチャーは次の点に注意してください。

 

爪先と腰骨を結んだ線は

平行

肩を結んだ線はいつも

ゴールド

 ストレートスタンスでは肩、腰、爪先をそれぞれ結んだ線が平行になると言いましたが、実はこのことも含めすべてのスタンスの形に共通するスタンスの大原則が存在します。しかし多くのアーチャーは目先のスタンスの形だけに意識を奪われ、この原則の存在を忘れています。
 「どんな時でも爪先を結んだ線と腰骨を結んだ線は平行になり、肩を結んだ線は必ずゴールドを向く!!」。この大原則があるからこそ、ストレートスタンスの場合は3本の線が平行になり平面が作られるわけです。
 では、オープンスタンスの時はどうあるべきか。簡単にいえば椅子に座って、上半身を回転させることを考えるのがもっともこの基本を理解するのにはよいでしょう。そしてこのことが理解できると、いかに多くのアーチャーがオープンと言いながらスタンスだけでなく上半身も開いて射っていることかが分ります。そうしてしまうと上半身が骨ではなく筋肉を必要以上に使い理想からは離れた射ち方になってしまいます。一般的に「矢筋が通る」状態が作れないわけです。(矢筋が通るとはグリップとアンカーポイントと引き手の肘の先端が一直線になること)  それだけではありあません。この大原則が正しく実践されることで初めてオープンスタンスのメリットを知り、恩恵を受けることができます。
ストレートスタンス オープンスタンス
 
 オープンスタンスはアーチャーの視界を的方向に開ける(向ける)メリットを持っています。それはスタンスを開く(オープン)ことによって身体(上半身)も的に向き合う必然からきています。しかしオープンスタンスの最大のメリットは前述の大原則を実践するところから生まれるのです。それは「腰から上のひねり」にあります。上体がひねられるからこそ、引き手とその付け根である肩(背中)に意識を感じ易くなり、それを手がかりとしてたとえば「Back Tention」といった技術(?)が使い易くなります。
 ここで気を付けなければならないのは、背中を感じるにはスタンスの開き角度が45°くらいまで開かないと難しい点です。少しくらいストレートより開いているから良いというものでもありません。もし、半端なオープンスタンスをとるなら逆にグリップとアンカーポイントと引き手の肘の先端で作る三角形が大きくなり、それに加えて背中の意識も感じられないという最悪の事態にもなりかねません。(ストレートスタンスより、引き手の位置と意識が甘くなってしまいます。)

 

スタンスはすべての基本
 アーチェリーのシューティングフォームはちょうど積み木を積むのに似ています。安定した、どっしりした形を作り出すには、一番下の積み木をいかに理論にそって正確に置くかにかかってきます。多くのアーチャーはあまり重要に考えていないようですが、最初の積み木(スタンス)の置き方を間違ったりいいかげんに置いてしまうと、いかにその後を慎重にしようともどこかで無理がきてしまうものなのです。
 スタンスがフォームの基本である証拠に、いかにそれがシューティング全体に影響をおよぼすかの例を挙げましょう。例えば、スタンスは身体の安定や上体の緊張だけに働きかけるだけではなく、「イメージ」をコントロールすることができます。広いスタンスは誰にも分るように、どっしりと安定したフルドローのイメージをアーチャーに与えてくれます。しかし、そのアーチャーが速くクリッカーを鳴らすための努力をしているなら、逆にスタンスは狭い方が流れや左右への方向を感じ易くなります。あるいは、アーチャーが左右の足にかかるバランスがおかしいと悩んでいる時は、スタンスを狭くとれば確認し易いでしょうし、後形(腰が的方向に突き出る)になっていないか気になるなら広いスタンスをとれば簡単に分るはずです。このようにスタンスはあなたが求めるシューティングフォームの基礎となっているのです。上体や心(イメージ)をスタンスでコントロールすることができるのを知るべきです。
狭いスタンス 肩幅のスタンス 広いスタンス
 
 現に多くのトップアーチャーが本当に良い試合(例えば日本記録を樹立するような)をした後、どこがもっとも疲れているかというと、それは押し手や引き手ではなく実は足腰なのです。それほどにうまく射てている時というのは、足でしっかりと地面を捕まえて立っています。スタンスはシューティングフォームの基本なのです。

 

完全な固定はない
 アーチャーは完全(完璧)な固定を望みます。しかし、「完全な固定」はあるのでしょうか? シューティングマシンのは理想ではあっても、生きた生身のものではありません。ちょうどマネキン人形が弓を射つようなものです。では、マネキン人形が人間と同じように2本の足の裏だけで立つことができるでしょうか。よほどうまくバランスをとれば不可能ではありませんが、その時でもほんの少しの力でバランスは崩れ転倒してしまいます。だからこそマネキンの足の部分にはそれを支えるための大きな台(平面か重り)が取り付けてあるわけです。では人間はというと、前述の支持面がその代わりをします。しかしそれがマネキン人形と異なるのは、人間は絶えず揺れ動きながら(それが目に見えるか見えないかにかかわらず)立つという行為を維持している点です。
 人間が2本の足で立っている時、その安定度を決定付ける要因が3つあります。1)重心位置の高さ  2)支持面の広さ  3)重心位置から下ろしてきた鉛直線の支持面上での位置  です。ここで重要なのは3)です。人間に限らずすべてのものは支持面の中に重心から下ろした点を置くことで安定(固定)の状態を得ています。
例えば、スタンスを狭くしてオープンにして立つと、直立(真っ直ぐに立つ)だと重心から下ろした点が支持面より前方に出てしまう(あるいは前方に片寄ってしまう)ため、しかたなく上体は後形となって(あるいは腰を前方に突き出すことで)点を支持面内に戻そうとします。これはアーチャーが意識的にする動作ではなく、立つという行為を維持するために人間が無意識のうちに行なう動作です。
 このように、例え重心から下ろした点が支持面内にあったとしても人間はその点をまったく固定することはできず、絶えず揺れ動きながら(無意識に)足の筋肉を中心としてバランスをとりながら立っています。これは揺れ動きの大小の差があるにせよ、エイミング時のサイトピンの揺れ同様に「完全な固定はない」という前提に立ち考えなければならない問題です。だからといって不安定が当然なのではなく、だからこそ基本に徹したスタンスをとることでより安定した状態をアーチャーは作りださなければなりません。そうでなければ、この後に作っていく上体の積み木をうまく乗せていけないことになってしまいます。

 多くのアーチャーの性格としてフォームや点数すべてに共通しますが、突然パーフェクトや完璧を考えてみたり、あるいはひとつのことの実行だけですべての解決を図ろうとする傾向があります。しかしアーチェリーがうまくなろうとする段階においては決して良いあり方ではありません。
 「主観的事実」である自分自身の「感じ」「イメージ」で自分の身体をコントロールする「方法論」を考える時、アーチャーは「具体的なテーマ」を必ず持ちシューティングラインをまたぐ必要があります。「テーマ」とは課題であり、目標であり、注意点であり、意識することです。漠然と射っていても決してうまくはなりません。しかし残念なことに多くのアーチャーはヘタになる練習を繰り返しているため、ほんの少しテーマを持つアーチャーがいるとその差はどんどん広がっていきます。
 もし、アーチェリーがうまくなりたいなら、まず自分にとって必要なもの(あるいは逆に欠けているもの)を思い付くだけ紙に書き出してみてください。リリースを取られない−速く射つ−フォロースルーをとる−練習する−真っ直ぐ立つ−押し手を落さない−真っ直ぐ引いて真っ直ぐ放す・・・・それらが10個あってもひとつでもいいでしょう。ともかくは書き出してみます。それができたら次はそれらに「優先順位」を付けます。その時気を付けることは、急にパーフェクトではなく「今より少しうまくなるため」の要素を考えて、まず何が今自分にとって必要かで順番を決めていきます。例えばその時自分にとって一番必要なもの(優先順位が1番)がリリースを取られないようにする、というものであれば、それを明日からの練習のテーマとするのです。そしてそのテーマ実現のための主観的事実やイメージを駆使し具体的方法論の実践に取り掛かるわけです。それが実現できるようになった時(意識が無意識になった時)、次の新たなテーマの実現に取り掛かるのです。
 このようにアーチェリーの練習とは子供が積み木を積んでいくように、一個一個のテーマを積み上げて自分の理想へと近付いて行く作業です。一度にすべて、ではなく今より少しづづ少しづつうまくなっていくことが必要なのです。

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