ノウハウ(6) ストリング

 ダクロンの時代も今も同じですが、原糸が切れないといっても伸びきってしまい本来の性能が発揮できなかったり、毛羽立ったりします。そのため破断しなくても年に数回は新しいストリングに取り替えなければなりません。そんな1本のストリングのために昔は何10本というストリングを自作したものです。ハイトや捻り回数もそうですが、発射音が気に入らないなどの理由からです。
 ところがケブラーの時代では、気に入らない以前に一週間に1本から2本のストリングを消耗します。作るのが追いつかないのもそうですが、毎回均一なストリングが自作できないことも大問題です。
 当時、世界になかったかもしれませんが、少なくとも国内で「ヤマハ」だけが全自動でストリングを作る機械を持っていました。原糸から機械が巻くストリングは、同じ長さ同じ太さの表示であればまったく同じ品質、性能のストリングを作ることができました。試合前にストリングを替えても、同じ条件(サイト位置はもちろん)で使えるのです。これは画期的であると同時に重要なことです。
 今では多くのストリングが機械で作られ市販されていますが、手作りが悪いと言っているのではありません。ノックの種類まで聞いて、何の小細工もせずにノックがパチンと収まり、希望する捩り回数で希望するストリングハイトが簡単に得られる均一なストリングを作る職人を知っています。
 市販品でも手作り製でもいいのですが、切れなくなった素材と飛んでくれるカーボンアローゆえに、原糸の性能やストリングの完成度や劣化が見えなくなっていることが問題です。
 原糸は「黒」しか使いません。ケブラーの後半、1976年ごろからずっと黒です。弦(ストリング)サイトが見やすいからです。エイミング時にストリングの右からか左からかに関わらず、目の前のストリングはどこかに合わせます。それはサイトピンをゴールドに合わせるように正確にというより、無意識に自然に毎回同じ位置にあわせるのが弦サイトです。
 そんなエイミングのたびにぼやけて見えるストリングの輪郭が、個人的には黒が一番認識しやすいからです。人によってそれぞれでしょう。ハンドルの色も違います。自分に合った見やすい色を選ぶべきです。原糸の色は決してファッションではありません。
 サービング糸の色は原糸とは異なる色を使うべきです。黒のサービングは特に嫌いです。市販のストリングを使うようになったからといって、センターサービングくらいは巻き直せばいいのですが、近年ずぼらをしてすいません。切れないと巻き直さないのは本意ではありません。
 真っ黒なストリングがカッコいいと思っているアーチャーもいます。しかし原糸とサービングが同じ色だと、緩んできたり隙間が開いていたり、作り方がヘタでも気付かないのです。色が違えばセンターだけでなくループ部分が緩んだりしても、すぐに発見できます。そして何よりも、ノッキングポイントを巻いたサービングがずれてきたら、すぐに分かります。
 そしてセンターサービングにノッキングポイントを付ける時、油性のサインペンで最初に取り付け位置を書いておきます。そうすれば糸を巻くのもわかりやすいだけでなく、サービングがずれなくても、瞬間接着剤で付けたノッキングポイント全体が動いてもすぐ分かります。それにノッキングポイント自体がほどけたり取れても、印につがえて射つこともできます。サービングもファッションではありません。原糸と違う明るい色で巻きましょう。
 弓が矢に与えるエネルギーを最も変化させる方法は何か知っていますか。それも試合中でもとなると、弓のポンド数や長さを変えたり、ストリングの素材や本数(ストランド)を変えたり、タブの表面(革)やプランジャーの硬さを変えるのは現実的ではありません。そうです、最も簡単に最も大きくエネルギー量を変えられるのが「ストリングハイト」なのです。逆に言えば、これが変化すれば矢の的中位置も動きます。
 プラクティスが終わり試合が始まったのに、普段のストリングハイトと違うといってストリングを外して捩り直すのは愚かです。選手は射つことに集中すべきです。その時もしもハイトが動いていたなら、徐々にであればグルーピングとその中心を確認しながらサイトを動かしていけば問題はありません。ただ、理想としてストリングハイトは試合中は動かないことがいいに決まっています。
 ケブラーも高密度ポリエチレンも、世界で最初にアーチェリーに導入したのはヤマハでした。1980年代、ヤマハは「テクミロン」のストリングを世に出し、それと前後して登場したのが「ファストフライト」でした。
 現在使われている原糸は、高密度ポリエチレンといってもいろいろな素材がいろいろな名前で売られています。それぞれに特長や性能があるのでしょうが、あの当時から今もなお生き続けているのがBrownellの「Fast Flight Plus」です。定番中の定番の原糸です。そして、この原糸が一番気に入っています。
 30年以上愛用しているのには理由があります。すべてではありませんが他の原糸を試したことはあります。それぞれに耐熱性や耐候性、耐水性や引っ張り強度、重さといったデータが添えられているかもしれません。しかしアーチャーにとって最も重要なのは、試合中にストリングハイトが動かないことです。経験的にファストフライトは温度変化に対して、特に高温に対して安定しています。
 もう一種類、ここ数年使ってきて気に入っている原糸があります。Brownellの「FURY」です。これも夏場の炎天下などで安定しています。ただ少し細いのです。原糸の太さを言う時、「デニール」というまったく分かりにくい業界の単位が使われますが、使う側にとっては意味を成しません。
 ストリングは原糸を何本か束ねて作ります。ストランド数と呼びますが、20本(ストランド)弦といえば、原糸を20本束ねてあるわけです。ファストフライトの場合、実質40ポンドくらいであれば「18本弦」を使います。それに対して、フューリーはメーカー指定では一律「20本弦」となっています。ところが20本弦でもファストフライトの18本弦より細くなります。それだけ耐久性も強度もあるということでしょう。
 基本的には強いポンドになればより太いストリングを使うことになります。ただしストリングの太さはストリング自体の性能とは別に、ストリングの返り(シューティング時)の感覚やエイミング時の指の感覚にも影響します。これらはシューティング技術を含め、ストリングの性能以上に重要な要素となります。今度機会があればフューリーの22本弦を試してみたいと思ってはいます。
 昔はダブルサイト(ストリングサイト)としてルール上認められていなかったのですが、近年複数カラーのストリングも使えるようになっています。しかし色が違えば、炎天下などでの熱の吸収率が変わってきます。同じ素材の原糸でも、伸びが変わります。ファッション以外のメリットがあるのでしょうか。理解ができません。ストリングは均一性と安定性で選ぶべきです。
 ストリングにおける革命は2回。最初は1975年インターラーケン世界選手権でダレル・ペイスが圧倒的大差をつけて、世界記録で世界チャンピオンになった時。アメリカチーム全員と世界で数名の選手だけがダクロンではなくアメリカ製の「ケブラー」を使っていました。この革命は1989年のカーボンアローには及ばないものの、伸びない軽いストリングで矢速を驚異的に向上させるものでした。
 この時の数名の一人が日本代表の手島さんでした。前半1174点の23位に居直って突然後半からケブラーストリングを使ったのです。結果1225点6位の点を射ち、最終個人10位に浮上。初の団体銀メダル、初めて日本が表彰台に上がった記念すべき大会です。
 これを境に世界はケブラーへと一気に転換します。しかしアメリカチームが突然持ち出したこのストリング、実はこれより3年前の1972年ミュンヘンオリンピックの日本代表強化合宿で使われていたのです。ヤマハが試作した世界初のケブラーストリングです。しかし、何百本ものケブラー繊維を機械で束ねた最新素材を初めて使った代表選手の感想は、音がうるさい、サイトが緩むなどの否定的なものばかりで結局陽の目を見なかったのです。あまりにも時代の先を行き過ぎた発明ゆえに、その性能を理解する能力も想像力も持ち合わせてはいませんでした。
 2回目の革命が今の「高密度ポリエチレン」です。しかしこれは一層驚異的に矢速をアップさせるものではなく、どちらかといえばケブラーの耐久性のなさを補うものでした。確かに軽いことで矢速はケブラーよりも向上はしましたが、それよりも1週間に1本切れるストリングが今のように1年使っても切れないストリングへと進化したことが革命でした。
 このプロトタイプをテストしだしたのは1985年頃だったでしょうか。ヤマハは高密度ポリエチレンを三井石油の「テクミロン」という素材から作りました。元来白色の素材を黒いストリングが欲しいと試作したのですが、雨の試合で色が落ちてきたり、当時の国産高密度ポリエチレンは温度に弱くストリングハイトの変動が大きかったりといろいろなことがありました。そんな試行錯誤の末に1990年代には「ファストフライト」とともに、世界は今のストリングへと変化(進化)してきたのです。

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