少年少女よ大志を抱け!

Girls and Boys be Ambitious
 これまでも、そしてこれからも、アーチェリーを支え新しい時代を築いていくのは高校生、大学生である君たちです。僕が高校でアーチェリーを始めた頃、同志社は絶対的な強さを誇っていました。僕が初めてそのクラブに行った時、先輩は僕ら新入部員を前にして「俺達は日本一のクラブだ。だから俺達の言うことを聞いていれば、おまえ達も日本一になれる!!」と言われました。その自信に満ちた一言をとりあえずは信じることから、僕のアーチェリーは始まりました。
 当時のアーチェリーは決してメジャーなスポーツではありませんでした。長いワンピースボウを嫌な顔をされながらタクシーの助手席から乗せると、編み物機(こんな物を知っている若者はいないでしょうが)かと聞かれるような時代であり、アーチェリーって果物の一種と間違われるのが普通の世の中でした。それに比べて、今はどうでしょう。アーチェリーと聞いて、それを知らない人の方が少ないはずです。このようにアーチェリーがメジャーに、そして普及するきっかけになったのは1972年ミュンヘンオリンピックでの52年ぶりのアーチェリー競技の復活であり、1976年モントリオールオリンピックでの道永 宏 君(当時、同志社大学2年)の銀メダル獲得があったからです。現在の全ア連登録人口約15000人の内、約70%は大学生、高校生といった社会人以外の若いアーチャー達で占められています。そしてこの割合は微増ながらも高校生を中心に確実に増えつつあるのです。数字の上からもヤングパワーの台頭は歴然としています。
 競技に目を向けても、シューティングマシンと呼ばれる 金 珍浩(韓国)、金 水寧(韓国)、そしてジョン・ウイリアムス(米国)がオリンピックに勝ったのが17歳。ダレル・ペイス(米国)が世界選手権を征したのが18歳でした。そして、それは彼らにとっての到達点ではなく、そこから始まる栄光の時代の第一歩にしかすぎませんでした。1970年代後半、世界の頂点を目前にするまで登り詰めた日本のアーチェリー、そして彼らを射程に収めていた我々が、今はどんどんその距離を離していきます。そのような歴史を踏まえるなら、ひとりひとりの若いアーチャーとそれに関わる我々もまた、アーチェリーにおいて新しい何かが「やれる」はずであり、「やるべき」であり、今こそ「やらなければならない」時なのです。

 そんな中で近年、学生の間でよく耳にする「セレクション」、略して「セレ」と呼ばれる制度があります。このセレクションが何かといえば、簡単に言えば「アーチェリーの能力を評価し、その大学への入学を許可する制度」のことであり、一般には「スポーツ推薦入学」などと呼ばれているものです。
 この制度(システム)がアーチェリーの世界に正式な形で登場したのは、僕の知る限りでは1975年からです。あれから20数年、当時はインターハイに優勝しても難しかったものが今では国体の地区代表やインターハイの20番30番でも、その実績で大学に入学できる状況が出来上がってしまいました。それも昔は体育系大学に限られていたのが、現在では文科系大学も含め全国で10校以上で実施されるようになり、まだまだ拡大の様相を呈しています。このこと自体はアーチェリーのメジャー化の証明でもあり、すべてのアーチャーにとっては歓迎すべき出来事です。ところが、「セレ」という言葉が使われるのはどういう訳か、肯定的にではない場面が多いように思われます。そして本来、この言葉は制度を指すものであるにもかかわらず、その制度によって入学した個人に向けられる場合がほとんどです。「あいつはセレだから・・・・」のようにです。
 どうして「セレ」が否定的に語られなければならないのでしょうか。(個人的には決して否定的に語られるべきものとは思っていませんが、このように感じるのは僕だけでしょうか) その理由のひとつには、学生をも含めた一般の多くの人が、セレクションというものを十把ひとからげ的に昔も今も捉えている現実があります。認識不足なのです。しかしそれは実施している側にも責任があります。説明不足なのです。このことが、ある期待と同時に偏見をも生み出す結果になっています。
 そもそも「セレ」の学生はスポーツ推薦の対象となるわけですから、一般の目から見ればアーチェリーがうまい(当たる)、うまいだろうと思うのは当然のことです。そこでセレのアーチャーが一般の学生程度の点数しか出せなければどうでしょう。やはり期待があるだけに、「なんだ」という話になってしまいます。しかし、「セレクション」の中身は実はそれぞれの大学によって千差万別です。通常の一般入試と同じように入試要項に明記され、運用されているものもあれば、文字にならない部分で慣用的に行われるもの、選抜試験 教授会決定するところもあれば、アーチェリー部の監督の一声で決まるもの・・・・まで、いろいろです。ですから、「セレ」の一言でこの制度やそれによって選ばれた学生達を総称してしまうのは適切ではないのです。この制度を通常の一般入試と同様に運用している大学においては、この合格者は一般入試合格者と同等の学力を有し、かつアーチェリーの技能にも優れているわけですから、決して否定的に呼ばれる筋合いのものではありません。つまり、まず「セレクション」というものの明確な説明と理解が双方に必要なのです。

 ではどうして近年、大学はこのような制度を積極的に(?)推進しているのでしょう。まず、その背景を知っておく必要があります。
 最近は耳にする機会が少し減ったようにも思いますが、それでも新聞その他で「大学 冬の時代」や最近ではもっと具体的に「あぶない大学・短大」的な言葉が飛び交っています。この根拠になっているのが、1975年(156万人)以来大幅な伸びを示してきた「18歳人口」が1992年をピーク(205万人)に、一気に反転し「急減期」と呼ばれる時期に突入したのです。その減少の割合は半端なものではなく、2000年には151万人、2010年には121万人にまで激減します。そいてそれでもまだ減少に歯止めはかかりません。ちなみに第一次ベビーブームと呼ばれた、敗戦後に生まれた子供達が18歳になった1966年には249万人、逆に戦時中でも140万人の子供が生まれていたのです。それを考えれば現在の数字がいかに少ないものかは簡単に想像がつくはずです。この状況は必然的に潰れる大学や短大が出現することを暗示しているのです。ただし当面の救いは女子を中心とした進学率の増加です。しかしこれとて先はすでに見えています。
 そこで各大学は生き残りを賭けて討って出たわけです。近年目に付く入試方法の多様化、そして前年の早ければ夏にも合格が決まってしまう推薦入試の増加・・・、このなかに「スポーツ推薦」がひとつの形として組み入れられているのです。学内的には有能な人材の早期確保と活性化、スポーツの高度化と大衆化。そして対外的には高校との連携強化と一般へのPR、そして大学のイメージアップというわけです。しかしこのやり方が最善ではなく、問題も抱えます。つまり「セレクション」は「両刃の剣」にもなりかねないのです。有能な人材の確保も、それを競技成績に置くか学力に置くかでまったく異なった位置づけが生まれます。活性化もひとつ間違えば一般学生を犠牲とした一部OB会の手に委ねられた悪しき制度になりかねません。それに、いかなる推薦制度であってもその定員は文部省の定めた大学の学則定員枠の範囲に限られます。推薦が増えれば一般は減るのです。スポーツの高度化と大衆化は常に相反するテーマです。本来、学校体育の延長にあるべき体育会もセレクションの割合が増えることで、一般学生との遊離が常々問題になっています。このように今後は一層、大学は試行錯誤を続けながら対外的なPRとしての「セレクション」に依存していくのです。
 では、このような背景と各大学のセレクションの制度と実態を理解さえすれば、「セレ」に対する誤解や偏見が打破され、「セレクション」が肯定的な制度として語られていくのでしょうか。まだ問題はあるように思います。例えば進路選択における問題。セレクション(進学)を希望するアーチャー(受験生)は明確な目的意識を持ちその進路(大学)を決定したのか。その過程においてコーチ(顧問や進路担当者)は与えられた責任と義務をまっとうしているのかどうか、などがそうです。「大学に行ければよい」「行かせばいい」「入れるならどこの大学、学部でもいい」では事態はいっこうに改善されません。アーチャー自身がはっきりと「どこの大学に入り」「何を学び、どうしたいのか」「そこでアーチェリーは自分にどのように関わってくるのか」「そして卒業後はどうしたいのか」・・・・といった意志を明確に表明し、主張するべきであり、そこで始めてスタート地点に立ったことになります。あくまで主体はアーチャーなのです。
 そのように考える時、僕は「セレクション」の制度や運用はどうあれ、それが現実に存在する以上は最大のポイントは受験生(アーチャー)と大学の「接点における線引き」をどのように考えるか、であると思っています。それは進学を志望する個人とその合格を判定する大学との間での「誇り」を盾とした攻めぎ合いです。個人はどこまで自分を高く評価させるかであり、大学はいかに有能な人材を確保するべく公正に合否を判定するかです。この攻めぎ合いを怠り、妥協と馴れ合いの産物として線引きを曖昧にすることは、決して双方にとって有意義なものとならないだけでなく、近い将来「セレクション」の根底をも揺るがしかねない事態に陥ってしまうでしょう。
 もし大学に進学したいアーチャーがいて、将来も情熱を持ってアーチェリーを続けたいなら、そしてそこに目指す大学がこのような制度を運用しているなら、アーチャーは自信と誇りを持ってこの制度を最大限活用するべきです。たかがアーチェリー、といえどもそこで普通以上の成果を残すことは並大抵の努力ではありません。それに努力だけで得られるものでもありません。優れた才能をこれからの4年間で開花させるのです。であれば、当然そのような特技を持ち合わせた、あると信じる若者は胸を張るべきであり、何ら恥じることも劣等感を持つこともなければ、逆にその優れた能力を相手により高く評価させる努力を惜しむべきではありません。そして大学は、そのようにして入学してきた将来ある才能を最大限引き出す努力と共に、一般学生同様に学び育つ環境を確保する準備を怠らないことです。(1991)

 日本アーチェリーの低迷を前にして、「何を」「どのように」すればよいのか? ここで今さら日本人的根性論やハングリー精神を持ち出す気などなければ、そんなものが今の、そしてこれからの若者に通用するなどとは毛頭考えていません。逆に今こそ必要なのが「情熱」であり、「憧れ」であり、「心の余裕」ではないでしょうか。そのためには、まずアーチェリーを愛することです。それも真摯に純粋に・・・・・
  1975年 全関西選手権 1262点(大学4年)
  1976年 1284点
  1977年 1297点
  1978年 1297点
               日本記録 更新
   
   
   
   

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