下鴨神社
流鏑馬神事
やぶさめしんじ

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 5月ゴールデンウィーク、長年京都に住みながら一度も行ったことがなかった、下鴨神社の「流鏑馬」。日々通る道ですが、横を通りすがって突然思い立って行ってきました。
 毎年5月3日、京都三大祭のひとつ「葵祭」(5月15日)の前儀として行われる行事のひとつ。葵祭の当日、御所より当神社へ至る行列の道中が平穏無事に行われるよう、祓い清めるために行われる神事。
 とは言え、弓を志す者として一度は見ておいてもいいのかなぁ、ということで紹介します。それにしても京都の人はこんな人の多い時期に、こんなところは決してうろうろしないのが常です。見に来られるなら、混んでることは覚悟してお願いします。

(会場で売っていた「やぶさめパンフレット」¥500から抜粋)
 流鏑馬は「やぶさめ」、あるいは「やぼさめ」と読みます。「矢伏射馬」とも書きます。『貞丈雅記』に「やぶせむまの略語なり」とあるように、馬を走らせながら鏑矢(かぶらや)を射ることです。
 下鴨神社では、流鏑馬とは云わずに「騎射」(きしゃ)と明治初年まで呼んでいました。この騎射が、いわゆる流鏑馬の原形です。その騎射の歴史は『日本書紀』、雄略天皇即位の年(457)に「騁射」(うまゆみ)を行ったとあります。また天武天皇9年(682)、「長柄宮にて馬的射」ともあり、これもまた流鏑馬のことですから、古くから行われていたのがわかります。
 当神社では、境内の糺(ただす)の森から古墳時代の馬具が出土しました。また、『続日本紀』に「文武天皇2年(698)加茂祭(葵祭)の日に民衆を集めて騎射を禁ず」とあり、葵祭の日の騎射に大勢の見物人が集まるために三度も禁止令が出るほど有名になっていましたから、古くから行われていたことがうかがわれます。
 文亀2年(1502)、葵祭の路頭の儀が中絶したことによって騎射もまた中絶しました。神事は中断しましたが、武家は各地で流鏑馬として盛んに行うようになり、さまざまな流儀や作法が派生しました。元禄7年(1694)、葵祭が再興された時、騎射も伝統の作法により再興されました。ところが明治2年(1869)東京遷都祈願行幸の時に行われた後、再び中断するにいたりました。
 去る昭和48年、下鴨神社式年遷宮の記念行事として、名称を流鏑馬神事と改め、100数年ぶりに復活しました。
 作法 : 各役所が所定の位置に着くと、馬場元役は軍扇を揚げる。馬場末役は、同様に軍扇をかざして、これに応える。
 一の射手は、馬場元の扇型に馬を進め、「揚扇」を行い、扇を高く投げ「陰陽」(おんよう)とかけ声をかけながら馳せ、一の的を射る。すぐ箙(えびら)より矢を抜き弓につがえ、二の的、三の的を射る。
 二の射手は、先と同じように馬場元、末役の合図扇がすむと、馬場の扇型に乗り入れ馳せるが、この射手は揚扇の作法はない。
 三の射手は、合図扇の後、「揚鞭」を行い的を射る。
 騎射が終わると、一、二、三の射手は馬場殿の前で騎乗のまま片鐙(かたあぶみ)をして神禄を長官代より賜わる。賀茂騎射の神禄は、桂に帛(はく)がかけてあり、射手はこれを受け肩に掛けて馬上拝舞を行い、馬場元へと帰る。一の射手は白帛、二の射手は赤帛、三の射手は濃色の帛を賜わる。

 ということで、5月3日下鴨神社午後1時となっているのですが、まず「下鴨神社」は京都駅からバスでも30分程度で行けます。案内所で聞けば分るのですが、もし車で行くなら1時には神社の駐車場は狭いので満車を覚悟しましょう。その場合は最初から「出町市営駐車場」に車を置きましょう。そこから歩いても10分程度です。
 そこで「午後1時」なのですが、これがちょっと問題。午後1時から馬が走って、弓を射つというものではないのです。ニュースでやっているように、次から次に馬が走って、次々的に当たるというのではありません。
 その前に楼門内にて神前に奉告など、延々と神事が続くのです。それを見に行っていてもいいのですが、流鏑馬の見学自体は無料ですが、この間にどんどん観光客(?)が集まってきます。馬が走る馬場の良い場所を確保しておかないと、流鏑馬が始まっても見られないということにもなりかねません。
 馬場の長さは約350m。その間に100m間隔で3ヶ所に的が設置してあります。的の前には有料席があります。ひとり¥2000ですが、こちらは1時半頃にはすべて売り切れとなります。ということで、そのあたりの一番前を取ろうとするなら、やはり1時過ぎから立って待つしかありません。カメラマンの人たちは昼前から場所取りをしているようです。
 参道を射手が馬場に向かい、弓持、的持が続き。本番がやっと始まるのが2時近くになります。今回、一番最後の的になる三の的に陣取ったのですが、ここは馬も一番スピードが出て迫力もあり、それはそれでいいのですが馬上拝舞などは二の的前で行われるので、ただただ2時を立って待つしかありません。
 的は一尺五寸の桧か杉の正目板。当たっても当たらなくても、毎回交換します。後ろには矢止めの畳が8枚。今回参加する馬は5歳馬が4頭と3歳馬が1頭。走るのは16回。しかし、当然馬も元の位置に戻すので、次から次には走ってきません。特に最初の3回は公家様式で行われ、その後的も少し小さくなり武家様式で5回づつ行われます。
 そこでお分かりでしょうが、三の的は馬が走り来る迫力もありいいのですが、当たらないんですよ。やはり一の的とかの方が的中率は高そうです。今回も三の的で的中したのは9回目でした。
 で、すべてが終了するのは4時頃になるのですが、ずっと見ているお客さんは少ないようです。待ちくたびれたせいか、始まって5、6回馬が走ると、後はドット帰る人がでます。意外と3時頃に会場に来るのが狙い目かもしれません。
 それにしても凄い技でありスピードです。ちょっとあなどれません。機会があれば、ぜひ一度はご覧になってもいい、日本の文化であり歴史ですね。
 

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