1969年、「全日本アーチェリー連盟」独立前夜。1967年アマースフォート世界選手権に、日本代表として7名の選手が派遣されました。 1958年全日本弓道連盟は、FITA(国際アーチェリー連盟-現在のWA)への加盟申請を行い、認められることで名実ともに世界における、日本のアーチェリーを統括する唯一の団体となっていました。洋弓は和弓の傘下にあったのです。そのため、彼ら7名は「全日本弓道連盟」に登録されていました。 昔々、こんなことがありました。 よかったらシェアしてね! URLをコピーしました! 1969年(昭和44年) 第二十四回 世界弓術選手権 関連記事 川上源一 1912年1月30日 – 2002年5月25日 電信柱に爪楊枝で挑む 選んで、考える、会 コンパウンドのことは知りません。 Hardy Ward (USA) 無礼者、だれの矢ぁや思てんねん。 世界選手権合宿 消えた「センターマーク」とハンティング コメント コメントする コメントをキャンセルコメント ※ 名前 メール サイト 次回のコメントで使用するためブラウザーに自分の名前、メールアドレス、サイトを保存する。
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